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クリスマス編 2 凍える夜には

「なんか、拭いても拭いても、足裏だけが濡れてて変な感じだね」  バスタオルで身体を覆った君がまるで水溜りの飛び込んではしゃぐ子どもみたいに笑った。 「ちょ、日向、ちゃんと拭いた? うなじのとこ、まだ髪から雫落っこちてる」 「拭いたよ?」 「拭ききれてません」 「拭きましたー」 「美容師さん、ちゃんと拭いてください」 「拭いてますー」  ホント、まるで子どもみたい。  俺も日向も少しだけ浮かれてる。子どもみたいにワクワクしてる。  今年のクリスマスに。 「じゃあ、はいっ」 「……はいはい」  無邪気に笑って、頭を垂れるように俯いた君の、されるがままにゆだねられた白いうなじに見惚れてる。  お風呂に一緒に入ってしまえば、その後どっちか片方を待ちぼうけにさせることなくすぐに晩御飯になれるからいいんじゃないって、笑顔で、弾んだ声で提案してくれたのは君だった。その五秒後、つまりは一緒に入浴する図、を思い浮かべたのか真っ赤になって、慌てて「お先にどうぞどうぞ」って、君が俺に順番を譲った。そこから、まるでコントのような譲り合いが始まって。  ようやく観念した君と風呂に入った。  一緒に入ったことくらい、あるよ?  抱き合った後に汗とか流すために入ったことならあるけれど、事後の余韻が残る雰囲気と、しっかり頭を洗って身体を洗って顔も洗って、なんていう普通の「風呂」っていうのはまた違っててさ。  俺も照れくさかった。  照れくささを誤魔化すためにキスをしたら、頬を染めてはにかむから、たまらなく可愛くて。のぼせてしまうかと思った。 「せっかくのクリスマス……」 「日向?」 「まさかエアコン壊れて寒いだなんて」  しょんぼり?  ずっと、ずっと今日を楽しみにしてた。チキンのキノコクリームソテーを作ろうよって二人でレシピとか見てさ。ロマンチックに過ごす二人っきりの夜。  そのはずだった。  でも、チキンのキノコクリームソースはすぐに冷めちゃうから中止。鶏を使った水炊きに変更で、野菜はありったけのを適当に鍋に入れて、豆腐があったのはラッキーって二人で笑って。お風呂に入るのもひと悶着、入った後も照れて視線をあっちに、こっちに、二人でそわそわして。湯船に入った瞬間、少し溢れたお湯と一緒に零れて流れた、ほっ、と温かさに安堵溜め息を零して。二人で湯冷めをしないようにと、今、パジャマをお風呂の中で着替えたりして。 「でも、俺は楽しいよ」  風呂の中で着替えるものだから、パジャマの裾が少し濡れてしまったり。 「……伊都」 「これから何度も来るクリスマスの中でさ、きっとずっと笑い話になると思うし」 「……」 「火曜日がクリスマスイブなんていうタイミングもそうそうないかもしれないから」  明日は火曜日、君はお休み。俺は今はまだ大学生だから、冬休みの真っ只中。 「今年のクリスマスも最高だよ」  それって、今日は夜更かし大歓迎ってことだからさ。 「ね?」 「……伊都」  いつでも君がいるのなら、それはクリスマスもクリスマスじゃない日も、何でもかんでも最高なんだけれど。  君が隣にいるのなら。 「伊都」  その君が俺を呼んで、パジャマの裾をちょんと引っ張った。まだ濡れていて、柔らかい髪から漂う湯上りの色気に俺を戸惑わせながら、小さく、小さく、君が尋ねる。 「お鍋、ソーセージなくても?」 「うーん」  それはちょっと、しょんぼりだけれど。でもやっぱり君が隣にいるのなら、カレー鍋のソーセージくらいどうってことないよって、思うんだ。 「うん」  最高のクリスマスだって、思うんだ。 「なんか……違う気がするよね」 「そう?」 「うん。違う気がする。絶対に違う気がする」 「そっかなぁ、日向、仕事柄敏感なんじゃない」 「えー? 伊都が鈍感なんだよ」  カレー鍋美味しかった。やっぱり君はその細い体でどうして、一体全体どこにあの量の食材を収めることができるんだろうと思うほどよく食べてた。キャベツに鶏肉、豆腐にジャガイモ、大根と人参、それからそれから、とにかくたくさん。本当に君の胃袋は宇宙にでも繋がっているのだろうか。 「絶対に、ワイングラスで飲むワインは違う!」  お鍋を食べ終わって、でもまだ残ってるワインを飲みながら、寒くなってしまわないようにと、君を後ろから抱き締めて、二人一緒になって毛布に包まってる。大きな大きな、ブルーの雪の結晶柄をした毛布団子になってる。  お父さんと睦月からもらったクリスマスプレゼントのワイングラス。  日向のご両親からは色気がないけれどって商品券をもらった。二人の新生活の足しにしなさいって。その商品券の一枚を使って買ったワイン。  そんなワイングラスに入った琥珀色をした飲み物を少し酔っているっぽい日向がじっと見つめてた。  部屋の中はエアコンがないせいで寒いけれど、抱き合ってて、酔っ払ってて、お鍋でぽかぽかな俺たちはこれっぽっちも寒くない。 「さっきね……実家、って、伊都が言った」 「……日向?」 「実家って、電気ヒーターを持ってくるって」 「あぁ」  急にふわふわに飛んでいた羽がふわりふわりとゆっくり落ちて、地面に辿り着いたみたいに、さっきまでの明るい声とは違う優しい落ち着いた声。 「……なんか嬉しい」  後ろから抱き締めているから、君が今どんな顔をしているんだろうと想像した。照れてる? はにかんでる? 「日向」 「?」 「そんなことでそんなふうに喜んじゃうならさ」 「……」 「俺と日向のこと、普通に、うち、って言ってるし、大学で平原にはめちゃくちゃ俺の日向って言ってるし、全然、俺、ここのこと、この部屋のことをうちって思ってるよ」  本当に、君はたまらなく、相変わらず可愛くて、いや、どんどん可愛くなりすぎるから、最近少し困るほどだと、平原には惚気てる。はいはいって、呆れられて、クリスマスの予定をあまり真面目に聞いてはもらえないんだよ。今年はクリスマスイブが火曜日なんだって喜んだら、それでそんなに嬉しそうな顔をするのはお前位だって、笑われた。 「伊都って、俺のこと、大学で話してるの?」 「平原にだけだよ。他には言ってない」  怖かった? 君は自分の恋愛を人にすごく傷つけられたから、またそうなるかもって、怖がらせてしまった? 「あいつは、全然」 「嬉しい」 「……」  はしゃいでた君の声を聞きながら、しっとりした声を聞きながら、後ろから抱き締めてると直に腕に沁み込む君の体温を感じながら、今、君はどんな顔をしているんだろうと思った。 「エアコン壊れちゃって、すごい残念だったけど」 「……」 「でも、嬉しいことばっかり」  君はどんな顔をして? 「最高のクリスマス……」  振り返った君の笑みに蕩けてしまう。 「……伊都」  柔らかい声で呼ばれて、のぼせてしまう。だって――。 「伊都」  ゆっくりこっちを見つめて、ゆっくりしがみついて、キスをくれる君から感じる香り。同じシャンプーで洗ったはずなのに、どうしてか鼻先を掠めるその香りは、とても特別に。甘い気がした。

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