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夏風邪編 5 家族
朝、目を覚ましたら、わかるんだ。
「ん、伊都……どう、熱……」
あ、治ったって。ぐらぐらしない。ゆらゆらもしない。ふわーっともしない。
俺の額に触れてくれる君の手が昨日は冷たくて気持ちよかった。今日はあったかくて気持ちいい。
日向はちゃんと寝た?
俺が起きたら気が付いて目を覚ましたけど。寝ないとだよ? 今日、日向は仕事なんだから。二人で同じベッドに寝てるけど、俺がちょっと動いたくらいじゃ、日向は起きないはずなのに。長い睫毛をパタパタさせてる。
「もう平気……」
「熱下がったっぽいけど、でも、他は?」
「大丈夫。ありがと」
じっと見つめないでよ。可愛くてたまらないから。
「ホント?」
「ホント、よっこいしょ」
あ、なんか、ちょっとオジサンっぽかった。今の掛け声。でも、すごーくたくさん寝たから、よっこいしょって感じに起き上がった。
「大丈夫!」
身体も頭もすっきりしてる。昨日はずーんって感じに重くてだるくてしんどかったけど。今日は思いっきりジャンプしてプールに……飛び込んだら睦月に怒られる。プールへ飛び込み禁止。危険行為はダメです。
「でも、今日はちゃんとおとなしめに大学行って来ます」
朝がいい感じで、ちょっと楽しいんだ。風邪が治るとさ、風邪引く前よりも元気になれる感じがしない?
「じゃあ、朝ご飯作るね。おうどんにする? ちゃんとしたご飯のほうがいいかな。お腹空いてる?」
「日向」
「うん?」
君が嬉しそうで、嬉しい。
「看病、ありがと」
「ううん」
君が嬉しそうだと、俺も嬉しい。
「伊都が元気になってよかった」
そう言って、肩を竦めてくしゃっと笑ってくれて、嬉しかった。
「おー、伊都、復活?」
「平原」
「大丈夫だったんかよー?」
「うん。もうすっかり」
大学に行くと、平原が俺を見つけて、ひょこっと顔を覗き込んだ。いつもは昨日みたいにどーんってどついて来たりするのに、昨日の今日だからって思ったみたいだ。顔を出すだけで、どーんってどつくことも肩に乗っかることもなかった。
「白崎さんに看病してもらって元気もりもりなんだろー?」
「まぁね」
「…………」
「昨日は、ありがとね」
平原はこれから体育? 俺は、病み上がりなので少し大人しくしておこうと思うんだ。風邪、ぶり返したら大変だからさ。
平原に手を振って俺は大学講舎のほうへ。昨日は重くてたまらなかった、日向が背負うと大きくて大変そうだったリュックの中、しっかり食べてね! って日向が用意してくれた特大おにぎり達を背負って。
一個じゃないんだ。
特大おにぎり「達」なんだ。すっごいたくさん作ってくれたから。たくさん食べなくっちゃ。
「な! お前、なんか、すっげぇ、嬉しそうだぞ! なんか、すごいことしたんだろー! 熱でふらふらーって理性ぶっ飛んじゃったんだろー!」
「ぶっ! 何それ、そんなわけないじゃん」
バカなことを叫んでる平原に手を振った。
「こらー! お前、フリーの俺にはうらやましいぞー!」
「そうだ! 平原!」
「?」
「お前んちは、風邪ン時何食べる?」
「はい?」
「ごめーん、電話だ」
「はいぃ?」
ちょうどそこで電話がかかってきた。父さんからだった。珍しい、この時間に父さんが電話をしてくるって滅多にないんだけど。日向が連絡したのかな。
まだぽかんとしている平原に手をもう一度振って、慌てて電話に出た。
「もしもし?」
『あ、伊都? ごめんね。この時間だと、日向君は仕事だろうし、伊都の留守電に入れればいいと思ったんだけど』
「うん。何かあった?」
『桃缶、いっぱいいただいちゃったんだ。会社のね、藤崎さんからいただいたんだけど、二人じゃ食べきれないから、今度そっちに持っていくよ』
桃缶だって、なんだかタイムリーで笑っちゃった。
『伊都?』
「あ、うん。もらう。取りに行くよ」
『いや、重たいよ。車で行くから』
車かぁ、こういう時あると便利だよね。俺も日向も免許の取得とか行く時間も作れないまま今の毎日に入っちゃったからなぁ。卒業までに取っておけたらよかったかも。こういう時とか、何かの時にあるといいなぁ。
『桃の缶詰、好きでしょ? 日向君も好きかなぁ』
「それなら大丈夫だよ。父さん」
俺ね、風邪引いちゃったんだ。つい昨日の話。うんと高い熱が出ちゃって、しんどくて。きつくって、そう話した。
『あらら。それは。もう大丈夫?』
「うん。日向が診てくれたから」
『そう。ならよかった』
子どもの頃からあまり風邪を引かなかった。普段、熱なんて出さないから、熱が出ちゃったりするともうヘロヘロでさ。内心心細くてたまらなかったんだ。でも、父さんがおでこに手を当てて「あぁ熱あるね。寝てて。薬飲めるように桃缶出してあげるからね」そういって笑ってくれるとね、もうそれだけで大丈夫って思ったんだ。安心できた。お父さんがそう言ってるんだからって。
あれは睦月がいてくれたから、何年生なのかな。熱が出ちゃってさ。不安で、心細くて、寂しくて。
でも、睦月が看病してくれた。
いつもの桃缶に、林檎を切って乗せてくれて、そこにアイスまで乗っかってたスペシャルな感じ。
――寝てるの飽きたか? そろそろ千佳志さん帰ってくるし、横になってな。
そう言って笑って大きな手で俺の額に触れてくれると、不安が消えた。
そこからはさ、王様みたいなリゾート気分で父さんが帰ってくるまでソファーでゴロゴロし放題。クッションの中に埋もれるように横になって、あの作ってくれたスペシャルディナーを平らげたら、気分もなんか上がってきて。
「ね、父さん、うちってさ、風邪引くと桃缶出たでしょ? 日向んちもそうだった」
『へぇ』
「でもさ、日向んちだとちょっと違うんだ」
蜜柑の缶詰もトッピングされてる。そしてね。
「あのさ」
日向んちは桃がなんと――。
『わぁ、それはすごいねぇ』
「でしょ?」
あとね。父さん。もう一つ。
「だから、日向がいてくれたから大丈夫だったよ」
日向がいてくれたからさ。
『それならよかった』
安心できたんだ。全然大丈夫って思えたよ。
そう話すと電話の向こう、父さんの声が優しく穏やかで、そして、とても嬉しそうだった。
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