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同窓会(中学)編 1 新しい場所
「なぁ、お前の親ってホモなんだろ?」
そう、訊かれた。
「なぁ、佐伯」
振り返ると予想通りの少し濁った視線とにやけ笑いの変んな顔が三つ、並んでる。
「おーい、女子にキャーキャー言われて調子に乗ってる佐伯くーん」
あーあ、これは問題になる案件かなぁ。
それはちょっと困る。
中学の入学式、俺は二人に来て欲しいと頼んだんだ。父さんは絶対にダメだと言っていたけれど、俺は睦月が来ないなら、入学式には出ないと言った。
目立つのがそもそも好きじゃない父さんには写真だけでいいからって頼み込んだ。これは譲れなかった。その後の入学式はバラバラに座ってくれても構わないよって。
でも、どうしても、写真、撮りたかったんだ。
三人で並んで撮りたかった。
撮って、お母さんに見せたかったから。
俺はこんなに大きくなりました。水泳の大会で優勝もしたんです。こっちがお父さん、少し老けたりしてますか? 俺にはあまりわからないです。いつもと変わらない、お父さんです。そしてこっちが睦月。俺のヒーローで、それで。
睦月は家族です。
お墓の前でさ、入学の報告と一緒に写真を見せながら、そう言いたかったから。
「だーかーらー、それってつまりは、ホ、」
「それ、訊きたかったんなら、さっき教室で言って」
「はっ?」
「こんな人のいないところじゃなくて。みんながいる前で言って。それじゃ」
あーあ、入学式の翌日、すでにちょっかいかけられた。
「それから、調子には乗ってないよ。それじゃあ、また明日」
なんて、お父さんにバレたら大問題だ。
「……はぁ」
なんてことだー! って、真っ青になるに決まってる。
「はぁぁ」
困ったなぁって、一つ溜め息を溢して、俺は水泳のレッスンへと向かった。
「え……伊都、バカなの?」
「玲緒、そんなざっくりと」
だってバカでしょーって、プールサイドで水を蹴りながら呆れる。今日はスイミングのタイム検定だったんだ。だから、それが終わると休憩時間というか自由時間になって、俺と玲緒はプールサイドでのんびりしてた。っていうのも四種フルコースを全力で二本やって、それでもタイムが思ってたほど伸びなかったから俺だけ頼んでもう一本追加させてもらってさ、自己ベストは更新できたけど、もう、ヘトヘトでこれ以上は泳げない。脚も肩もパンパン。
「それ、ぜーったい、ダメな案件」
「やっぱり?」
言いながら、俺もプールの水を足で蹴った。
そうだよな。お父さん、もしかしたらショックでその場で失神するかな。俺がそういうので何か言われやしないかって、いつも気にしてるから。でもさ、気にすることじゃないじゃん。
「それで? 明日、本当に教室で訊かれたどーすんの?」
「どーもしない」
水の中は好きだ。息をしているのがわかるんだ。心臓がフル回転してるのが音で聞こえるんだ。そんで、重力なんてなくなってさ、どこまでも足をほんのひと蹴りすれば進んでいける。
「男同士で好きになることは、これっぽっちも悪いことなんかじゃないんだから」
「……」
「ただ、ホモって言ったのは訂正させるけど」
「伊都は変わらないね」
「そりゃそうでしょ。そこは」
「そうじゃなくて、なんというかさ、曲がらないところが変わらない……」
「だって……」
曲げられないだろ。何も悪いことなんてしていない。それに、自分のさ、大事な家族のことなんだから。
翌日、教室に行くと、昨日の団子三つがこっちを伺ってた。変なニヤケ顔をして並んだ三つの顔だったから、三つ団子。兄弟じゃないから、そこはあだ名にくっつけなかった。
一人が机の上に座って、もう一人は椅子の後脚だけに体重をかけてぶらぶらと揺れてる。もう一人は突っ立ってるだけ。俺、ああいうのもちょっと好きじゃないんだよな。机の上に座るのって。子どもでも知ってることでしょ? それ、椅子じゃないですよってさ。
三人はこっちを少し睨みながら、文句を言いたそうにしてる。多分俺が予想していたようなリアクションをしなかったことが不服なんだろう。そんな顔。
文句、言いたいなら言えばいいのに。
俺、大人しいって思われてることが多くてさ、実際、暴れたりしないし、やんちゃなことも、なんていうかガキ大将みたいなことはしないんだけど、でも実は結構そうでもないんだよ。
結構、暴れるの好きだよ。案外ね。
「おはよう」
「な、なんだよっ」
三つ団子がびっくりしてた。その表情にちょっとクスッと笑ってしまいそうになるくらいには図太いし、繊細じゃないし、イタズラ好きで。
「昨日の、俺に言っただろ、ホモって」
「なっ」
「言い忘れたけど。ホモは差別用語だ。今後絶対に使わないで」
「なっ」
「それじゃ」
声のトーンなんて下げない。こそこそ話もしない。隠れたところでなんて言わない。普通に言うよ。だって悪いことなんて一つもしていない。誰かを傷つけたりもしてない。傷つける言葉を使ったのは三つ団子の方だ。なら悪いのは三つ団子の方、でしょ?
「おいっ! なんだよ、お前っ、って、わっ」
ほら、だからさ、椅子はちゃんと座らないといけないし、机は椅子じゃないんだよ。突然、椅子にアンバランスな座り方をしていた一人がそのバランスを崩し倒れかかって、その拍子に、机に座っていたもう一人が机から転がり落ちそうになった。
咄嗟だったんだ。
「おー、ホームルーム始める、って、おいっ! 大丈夫か?」
咄嗟に、勝手に身体が動いてさ。そのままドーンって、三人と椅子と机と、よくわからないけど、悲鳴と担任の先生の大きな声が、まるで水の中にいる時みたいに遠くに聞こえた。
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