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同窓会(中学)編 2 親子

 結果としてできたのは大きな大きなたんこぶひとつ。 「伊都! 伊都っ!」  それからお父さんの死んじゃいそうなくらいの心配顔。 「あ……」 「伊都っ……」  そのお父さんが俺の第一声にホッとしたのか、ベッドの脇に崩れ落ちるように沈んだ。知らない天井に知らない、けど、でもテレビドラマとかで見たことのある個室。多分どっかの病院だ。 「あの……」 「今、睦月もこっちに向かってる。玲緒君も一緒に来るよ。レッスンあったから」 「あ、うん。ごめん心配かけて」 「……うん」 「けど、大丈夫」 「大丈夫じゃない」  突っ伏したままだったからあまり聞き取れなくて、「え?」って聞き返したら、お父さんが顔を上げた。少し、ハッとした。  お父さんが怒った顔をしてたから。心配の混ざる怒り顔を。 「俺と睦月のことで何か言われた」 「……」 「玲緒君が話してくれた」 「あいつ」 「伊都」 「……はい」  いつも言われてる。とても大事なんだって。俺も睦月も。けれど、睦月と自分は大人だから、自分たちのことだから大丈夫。何があっても大丈夫。でも、俺はまだ子どもだから。親のことで何か、負荷も悲しい思いもさせるべきじゃないんだ。だから、俺のことは何よりも最優先で守るって。 「誰? その子」 「……お父さん」 「教えなさい」 「あの」  けど、俺が一番悲しい気持ちになるとしたらさ、それは親のことでいじめられることじゃなくて、お父さんたちのことで何か言われることじゃなくて。  俺のことで親が悲しい気持ちになるのが、一番、悲しいんだ。 「俺、大丈夫だよ」 「伊都!」 「本当に大丈夫」  本当に本当なんだ。 「ただ、ホモって言ったから、それは差別用語だよ。って訂正を頼んだだけ。それでその拍子に向こうが座ってた椅子のバランス崩して、転んで頭打ちそうだったから、咄嗟に庇っただけ」 「……」 「いじめられたとかじゃない」 「それが普通は」 「大丈夫。俺はそのことで悲しい気持ちとかになってない」 「……」  お父さんがじっとこっちを見詰めて、俺はゆっくり頷いた。  二人は思ってる。きっと、自分たちが選んだ生き方に俺を巻き込んだんだって。そんなことないよ。俺だって、睦月の手を引っ張ったよ。ねぇ、ねぇって。 「本当?」  もう一度もっとゆっくり頷くと、またじっと見て、溜め息混じりにベッドの端に腰をおろした。 「何かあったら必ず」  お父さんの張り詰めていた糸が緩んだのが声でわかった。心配そうだけれど、強さは消えて、柔らかい声に変わった。 「言うんでしょ? わかってる」 「わーかってない! 昨日言わなかったっ」 「玲緒の奴、って、イタタタ、頭! こぶ!」 「玲緒君は教えてくれたの! たんこぶ一つで済んでよかった!」  けどそのたんこぶがめちゃくちゃ痛いんだってば。 「今度は、ちゃんと言うよ」 「本当に?」 「本当に」  じっと見つめて、そして溜め息まじりにクスッと笑った。多分、ちょっとだけバレてる。きっと俺は次に何かあっても言わないんだろうって。実際、次に何かあっても多分言わない。 「本当に、しんどいことがあったら言うよ」 「……うん」  お父さんには言わなかったけど、でもさ、きっとこういうことでからかわれるのはこれからもあるんだろうって思う。環境が変わる度に、新しい人と出会う度に。その全部をなんて報告も相談もきっとしない。もちろん、もうどうにもならないってなれば言うとは思うけど。  俺は、ヒーローみたいになりたいんだ。  俺の、ヒーローのような男にさ。 「全く、伊都は……」 「頑固なんだ、お父さんに似て」 「俺? 俺は……頑固か……」 「うん、すごい頑固」 「ふふ」 「何?」 「親子だもんな」 「……うん」  柔らかく笑いながら、父さんが少し遠くを見てた。多分、こういう時はお母さんに何か話しかけてるんだ。  なんとなくだけどそう思ってる。 「ねぇ、お父さん」 「んー?」  少し寂しそうな、けれど悲しそうじゃなくて、嬉しさもあったかさも混じるそんな横顔をたまに見かける。初めて睦月と、つまりは家族で海に行った時、俺の卒業式、入学式。そんな横顔を何度か見たことがある。 「もしもさ、俺が相手の名前言ってたらどうしてた?」 「えー? そりゃ、説明するさ」  家族のこと、息子には関係のない親のこと。差別をするのであればどうぞ親だけにしてください。息子は息子です。 「殴り込みに?」 「それはちょっと物騒だけど、まぁ、大乱闘に備えて準備運動とか、したりしてね」 「えー?」 「運動苦手そうに見えて、案外、跳ぶ跳ねるは得意だよ? 泳ぐのだって大昔は上手だったし。伊都の運動神経は俺譲りだから」 「そうなの?」  そっか。 「親子ですから」  なるほど。俺の、案外おとなしくないところとか、案内、暴れるの好きなとことか。 「親子だもんね」 「何、笑ってんの」 「んーん、なんでもない」  お父さんに似たんだ。 「なんでもないよ」  けどさ、もしもさ、もしも、俺が何か報告や相談をするのなら、いつかね、大事な人のことを話したいって思うんだ。まだ全然想像もできないけど、きっと誰かをさ、お父さんの睦月みたいに、睦月のお父さんみたいに、この人が俺の大事な人だって報告相談、したいなぁって思うんだ。 「それにしてもたんこぶすごいね」 「や、全然触れない。痛すぎる」 「すごいよ……本当に」 「ちょ、お父さん! 触らないでよ」 「いやいや」 「ちょっと、お父さんってば!」  そのたんこぶはそれはそれは見事だったらしくて。この五分後、病室に飛び込んできた玲緒には目を丸くされ、睦月にはめちゃくちゃ笑われた。  その後、まぁ、三つ団子は罰が悪そうにしてたよ。  だって、救急車を呼ぶ大事に発展しちゃったし、クラスの全員の前で俺が発言したこともあったりして。小学校の時の同じクラスだった女子が、今回のクラスにいて、その子はもちろん、俺の家族のこと知ってたから、三つ団子に最低だって怒ってくれたらしくて。しばらく、女子が監視をしてくれて。  まだ始まったばっかりでその調子だから、これからの中学生活どうなるのかわからないけど、でも、まぁ平気だと…………思います。  俺はお母さんに似て、元気な子みたいだから。  能天気に過ごしてこうと思います。  新緑が眩しいくらいに輝いてた。春には桜が満開になる、秋には紅葉も。ここに来るたびに俺はお母さんを驚かせるくらいに大きくなれてるといいのだけれど。 「伊都、行くよ」 「うん……」  それじゃあ、また、来ます。入学式の写真、見てくれてありがとうね。 「お寿司食べに行こうか、伊都」 「え! マジで! いいの? 睦月」 「もちろん、百円のほうだけど」 「えー」 「文句言わない。お前の最近の食欲はモンスター級なんだから」  またね、お母さん。

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