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同窓会(中学)編 6 指差し言葉
同窓会、実はさ、そんなに乗り気じゃなかったんだ。けれど、その招待状が来たと日向に行ったら、日向が表情を明るくして、楽しそうだねって言うから。そして、じゃあ、自分も地元の友達に会いに行こうかなって言ったから、むしろ、俺がついてくる感じだった。
だって、そんなに懐かしむほどまだ俺らは大人じゃない。
まだ数年前のことで、まだ皆、印象は違っていても当時の面影はあるし、少し大人びたかも? ってくらいでさ。
初めての同窓会は、忙しくて、代わる代わる話しかけられて、少し目が回る会だなって。
ふぅ、って深い溜め息をついた。
また食べ過ぎた。
同窓会はそろそろお開き、ちょうど二時間。今、幹事の人たちがたくさんのお札を数えて、支払いの確認をしている真っ最中だった。
――俺はそろそろ終わるよ。日向のこと待ってるから、終わったら連絡して。急かさないから。
そうメッセージを送ったけれど、既読はすぐにつかなかった。
駅前にあるファミレス、とかかな。日向の地元はあまり詳しくないんだ。でも地元の友達数人で食事をしてくるって言ってた。今頃、たくさん盛り上がってるのかもしれない。少し、行きの電車の中ではしゃいでいるような感じがしたから。
「あ、あの……」
そろそろお開き。荷物を取りに行く人もいれば、これでまたしばらく会えないんだと名残惜しそうに同級生に話しかけてる人もいた。そんな皆の様子を眺めている時だった。
声をかけてきたのは、彼だった。
―― なぁ、お前の親って。
そう言って、入学して間もない頃に俺をからかった同級生。あの頃は丸坊主だったけど、髪を伸ばしてる。でも、顔はそのままだからすぐにわかった。
いたのは知ってた。
けど、話しかけられることはないと思ってた。
食事の席は声が届かないくらい離れてたし。
「あの、さ」
顔が真っ赤だ。照れとかじゃなくて、多分、緊張からの赤面。背中を丸めて、少し怖がってる。
「あの……」
「うん。久しぶり」
「!」
挨拶をしたら驚かれた。飛び上がりそうなほど驚かれて、なんだか俺が脅かしてしまったようで。
「あ、あの、あの時は、その…………ごめん」
俺は翌日、君が使った言葉は差別用語だよと、それだけは訂正して欲しいと、朝一番に話しかけたんだ。好き嫌い、というかさ、まだそのちょうどいい言葉が俺には見つからないんだけど。好きじゃない、っていうのはあると思うんだ。同性愛っていうのを理解できないっていうか、唸っちゃうっていうか。だから、許容してほしいとかじゃなかったんだ。
なんて言ったらいいんだろう。
誰かを好きになるのに、性別が同じだっただけのことだよ? って、それを差別用語で指さしたりしないで欲しいって。
「ごめん」
「……うん」
「! あ、あのさっ、俺、今、大学行ってる」
「うん」
「すげぇとこっ、頑張って勉強して、そんで、トップ大学行ってる」
「へぇ、すごい」
「その、自慢じゃなくて……えっと」
俺も、少し、彼のことを避けてた、のかな。お父さんが同性愛をしていて、俺も、そうだと、からかわれたら、嫌な気持ちになっちゃうなぁって、思ったのかもしれない。それをあの言葉で一括りに指さされたくないなぁって。
「俺、市議会議員なりたいんだ。政治とか、やりたくて」
「うん。すごい」
「そんで、同性婚とかさ、もっと認めてもらえる市町村が増えるようにしたい」
「……」
びっくりした。
「あの時のこと、本当にごめん。俺、間違ってた。一年同じクラスでさ、三年間同じ学校でさ、お前、すげぇ良い奴だった。その、何回か、お前のお父さんも見かけた。め、面談の時とか、その……見た」
彼はぽつりと言ったんだ。
「優しそうな、良い人っぽかった。俺は、どんな人かもよくわからないまんま、悪口言ってた。お前のことだって、どこもやなとこなんてない、良い奴だったのに悪く思ってた。……ごめん。罪滅ぼしじゃないけど、俺っ」
「ありがと」
「!」
あの後、一年間、ほとんど、かな。あまり話したりしなかったんだ。少しは、時々は、話したけど、向こうもどこか身構えてて、俺も少しだけ苦手だったのかもしれない。一緒にいる友達がグループ違うって感じもあったから。
「もしも、市長になって、その市がさ、同性婚認めてくれたらそっち引っ越すかも、わかんないけど」
「え!」
「俺、恋人、同性だから」
緊張からずっと眉間に寄せていた皺が消えて、パッと顔を上げた彼へ、ひらりと手を見せた。指輪がある方の手。
「あ! わからないっていうのは、関係が続いてるかどうかっていうのがわからないんじゃなくて、仕事、将来、海の近くに住むだろうからっていう意味で」
「お、おお……」
今気がついた。
俺も指をさしてたんだ。きっと。
君のこと。お父さんをからかった奴って、どこかで指差してたんだ。
「すごいね。政治に進むとか。さっきの、トップ大学っていうの、自慢かと思った」
「ち、ちげーし!」
「うん。いや、急に大学のこと言うから」
「それは! テンパってさ」
君のこと、勘違いしてた。
「……頑張ってください。応援してる」
「あ……りがと……ござ、います」
「うん」
同窓会ってさ、そんなに乗り気じゃなかった。日向が言うから、なんとなく、じゃあ行こうかなってくらいで。
「お、俺も、佐伯のこと、応援してる。その、恋人との、全力サポートする……って、これ、キモいな。言い方。あの、けど、その、そういう人でも住みやすい……って、これはこれで言葉が微妙だな」
難しいよね。言葉ってさ。言葉は鋭利は刃物にだってなっちゃうし。人を元気にもするし、勇気づけもする。
「知らなかった」
「へ?」
「なんか、面白い奴だったんだね。もっと、たくさん話せばよかった」
「なっ、あ、あのっ」
けど、そこにあるさ、気持ちが優しかったら、言葉の持つ響きも優しくなることもあるんだなって。今、君に教わった。
「俺らも住みやすい街作り、お願いします」
「! お、おう!」
「あ、あとさ、うちの親、優しそうだけど、怒るとめっちゃ怖いから」
「え? あんなに優しそうなのに?」
「マジで、本当に」
「えぇ」
その時だった。
お会計が滞りなく終わったと幹事が戻ってきちゃってさ。
「あはは、マジなんだ」
なんだか急に、少し、同窓会が名残惜しいって、慌ててそこでたくさん、たくさん、話し込んでいた。
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