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同窓会(中学)編 7 今日あった出来事

「ふぅ……」  今日は溜め息をよくつく日だなぁって。  でも、これは満腹とか、代わる代わる話しかけられて人に酔ったとかじゃなくて、ちょっと感動したんだ。  あまりよく思われてないと思ってた。  ―― すげぇとこっ、頑張って勉強して、そんで、トップ大学行ってる。 「っぷ」  ものすごい自慢をされたのかと思った。大学自慢。別にそれでも構わないんだけど。でもさ、頑張ったって言ってた。大学。頑張ってるって言ってたんだ。  将来、街を作るんだって。  いろーんな人たちが不便なく住める街を。  そんなのさ、感動するに決まってる。  日向にも話してあげなくちゃ。意地悪なことはなかったよって。それどころかさ、彼は――って。 「あ……」  同窓会の間中ずっと気まずいままだったけれど、最後の最後、会の終わり際に打ち解けちゃって、そこから慌てて話し込んでたせいで、日向が返信をくれてることに気がつかなかった。俺が待ってるって連絡してからほんの少しして日向が返信をくれていた。 『こっちもそろそろお開きだよ』  そんな返信があったのが九時。今が、九時半。そしてたった今届いたメッセージ。 『駅前にあるファミレスにいます。もう出るけど、伊都はどこにいますか?』  やっぱりファミレスだった。予想的中で、今、ちょうどそのファミレスに向かってるところ。  あと数分で着くよと返信をした。 『じゃあ、駐車場で待ってるね』  そう君から連絡が来て、見えてきた駐車場に数名の人が丸くなって話してるのが見えた。日向だ。  男子も女子もいるその輪の中で楽しそうに話し込んでいる。何を話してるのかまではわからないけれど、その横顔ははしゃいでた。あんな感じなんだ。中学の時の友達と話してる時って。俺が知ってるのは高校の時の伏し目がちな君。でさ。しかもそれは  だからその笑顔を見て、ホッとしたんだ。 「あ、伊都。伊都!」  けどさ、声をかけるのはどうしようかなって。日向は隠してるから、中学時代の友達はそのことを全く知らないと思うんだ。だから俺がここで出ていっていいものかどうかわからなくて。でも、駐車場で待ってるねって日向が言ったわけだからどうしようかなって。 「伊都! おーい」  躊躇って、駐車場の端で立ち止まっていた俺を見つけた日向が大きく手を振っている。もちろん、一緒にいた同級生も日向の視線の先にいる俺を見つけて。  会釈、でいいのかな。 「こんばんは」  とりあえず、そんな感じで無難な挨拶だけしておこう。 「えっと、さっき話した、あの、佐伯伊都……クンです」  紹介、されてしまった。日向の友達は口々にこんばんは、初めましてと挨拶をしてる。  さっき話した、って俺のことを? 俺の隣にぴょこんと移動した日向は頬も耳も真っ赤にしながら、照れ臭そうに笑っていた。とても嬉しそうに、笑っていた。 「話したんだ」 「え?  帰り道、電車に揺られて、揺られて、昔はこの距離をさ、行く時はとてもワクワクしてて、帰りはとても寂しい気持ちだったっけって、懐かしく思いながら電車に揺られてた。 「俺と、伊都のこと」  俺の実家はまた今度行こうってことになった。明日、日向は仕事があるから遅くなれないし、泊まれないから。近くまで来たんだよって、電話だけして、優しい声で気をつけて帰ってねと言っていたお父さんにまた今度と告げた。  ――あ、お父さん! あのさっ、良いことがあったんだ。  電話を切る間際、今度、そっちに行ったら話すねって。大したことじゃないんだけど、すごく俺としては良いことがあったんだって、そう言ったら、大したことじゃないのにすごく良い事って、なんだか不思議だと笑ってた。  でも本当に小さなことだけど、でもとても嬉しいことがあったんだ。 「俺のこと、話したんだ」 「……」 「今日は、それを皆に話したくて行った」 「……」 「めちゃくちゃ怖かった。心臓が口から出ちゃいそうでさ。頑張るよーって心の中で何度も伊都の顔を思い浮かべて」  きっと君は緊張して頬を真っ赤にしてたと思うんだ。  ――あ、あのさっ。 「話を切り出そうとした時、声がひっくり返っちゃったもん」  電車を降りると風がもう変わってる。海から駅のホームまで駆け足でやってきた潮混じりの風に柔らかい君の髪がふわりと揺れた。 「でも、皆のリアクションがね、そっかぁって」  ずっとずっと隠してきたことなのに。 「もっとさ、すごい衝撃的みたいに受け取られるかと思ったのに。案外、なんか普通でね。そこから付き合ってる人はいるの? とか、一人暮らししてるって言ってたけど、もしかして一緒に暮らしてるとか? なんて訊かれて」  いつも仕事から帰ってきた時の君と同じ。とても嬉しそうに今日あった出来事を俺に話してくれる。  代わる代わる質問されたこと。俺のことを少し自慢気に話したこと。かっこよくて、強くて優しくて、水泳の選手をしてる、なんて、少しどころじゃなく、俺からしてみるとちょっと誇張しすぎな気がして心配だったりもして。だって、ほら、駐車場のところで俺も挨拶しちゃったから。顔とか見られちゃってるじゃん。 「なんかね」 「うん」 「嬉しかった」  困ったな。 「伊都自慢、たくさんしちゃったんだ」  明日、君は仕事だから早く寝ないといけないのに。 「好きな人の話、俺、生まれて初めてかも。玲緒クン以外の友達としたの」 「……」 「すごい、楽しかった」  あまりに楽しそうに、嬉しそうに、今日の出来事を話してくれるから、今すぐ、抱きしめてキスがしたくなってしまった。

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