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同窓会(中学)編 9 おやすみなさいのほんのちょっと前

 この時間がとても好きなんだ。 「あ、そうだ。今日さ、同窓会で話したんだ。ほら、中一のクラスであったこと。三つ団子」 「……うん」  お互いに一日中忙しいから、ほんの数分くらいしかないんだけど。  君と一緒にベッドに入って、横になって、眠りにつくまでのほんの少しの時間。 「めっちゃいい大学通ってるんだって」 「へぇ」  なんだか面白い。あの日向が少し怒ってる。ほら、薄暗かりの中でもわかる。口がへの字だ。 「すごー勉強して、すごーい良い大学に行ったんだって」 「へぇ」  やっぱり君は少し変わった。前だったら、どうだろう、悲しい顔をするのかな。でも決して怒った顔はしなかったと思う。  でも今の君はちゃんと怒ってくれる。理不尽にはちゃんとしかめっ面をしてくれる。 「いつか市長になって同性婚を率先して認めていく街を作るんだって」 「え?」 「今でもあるじゃん? 同性パートナーシップのさ。そういうのを当たり前に承認して、同性、異性関係なく、家族になれる街づくりをしてきたいんだって」 「……」 「すごいよね」  人は変わるんだなぁってさ、少し感動するんだ。 「すごいのは、伊都だよ」 「俺? 俺は何もしてないよ」 「それがすごいんだ」  何もしてないのに? 「伊都は大事なさ、なんていうか、自分の中にちゃんとあるものをただ貫いてるだけでさ、他の人を傷つけたりしない。攻撃しないんだ。どんな人も」 「……」 「どんな人にもちゃんと真っ直ぐ接する」 「そんなことないよ」 「あるってば」 「ないよ。日向のことに関してだけは、全然攻撃しまくる」  君が誰かに嫌なことをされたら、率先して守るし相手を攻撃だってするだろう。暴力は嫌いだけれど、でも。 「日向のためならなんでもできるよ」 「……」 「どんな人よりも日向だ」  薄暗かりでもわかる。君が目を丸くして、俺の言った言葉を少し胸のところに留めて、じっと君の中にその言葉を染み込ませて、頬をさ、赤くしてくれてるのが。 「俺、幸せだね」  赤くなった君を見つめたかったのにな。俺の腕のところに潜り込んじゃった。 「俺、世界一幸せじゃない? ねぇ、伊都」 「それは、俺じゃない?」 「え、俺でしょ?」 「俺でしょー」 「俺だってば」  ぎゅっと抱きついてくれたから、俺もぎゅっと抱きしめた、ギュッて、ギューってさ。 「ね、伊都、あのさ」 「んー?」 「三つ団子って何?」 「…………」 「さっき言ってた、三つ、の、団子? って?」  あれ? 俺、そこ言ってなかったっけ。そっか、うん、言わなかったね。 「あー……」 「団子?」 「その、中一の時、うちのお父さんをからかった男子のこと」 「三つ」 「三人だったので」 「団子」 「いがぐり頭の坊主だったので」 「それ…………」  うん。ちょっとだけね。まぁ、ほんのちょっとだけ。でも、内心ね、そう。 「ちょっと悪口」  だって、三つ揃ってて、本当に団子みたいにいがぐり頭だったからさ。 「っぷ、悪いんだ。伊都」 「いや、だって」  日向はその少し悪口混ざりのあだ名に吹き出して笑って、俺のもっと懐に潜り込んだ。 「言っときますが、俺、全然普通の人だからね。睦月みたいなヒーローでもないし。結構な凡人なので。だから、ホント、ちっともすごくないし」  あれだよ。聖人君子みたいな、そんな奴じゃないからねって、なんか急に開き直ってみたりした。 「ふふふ」 「ちょ、日向」 「伊都も悪口言うんだって嬉しいだけ」 「……そこ嬉しいこと?」 「嬉しいじゃん。みーんなが知ってる伊都ってめっちゃイケメンで、めっちゃかっこよくて、めっちゃ良い人だもん。それが極悪非道な悪口を言うなんて、俺しか知らなくてちょっと嬉しい」 「そ、そこまで?」  そんな極悪非道レベルなの? 悪代官様みたいな? お前も悪よのう、みたいな? 「ふふふふ」 「じゃあ、日向だけってことで。内緒でお願いします」 「りょーかい」  日向が俺の胸に顔を埋めて、ふわふわ優しいその髪が顎に触れてくすぐったい。 「伊都……」 「?」  この時間がとても好きなんだ。  眠る前のほんの少しの時間。隣に君がいて、すぐそばで聞こえる。 「おやすみなさい」  この瞬間が。  前は、眠る時、あぁ、今頃、日向はどうしてるかな。もう寝たかな。明日早いんだっけ? じゃあもうすでに寝てるかもしれない。そう思って眠った。いくら電話で、メッセージで「おやすみなさい」を伝えても、それはまだ起きてる時で。本当に眠りにつくその瞬間には言えない挨拶。  でも、今はそれをちゃんと隣で言える。  一日、お互いの場所で頑張って、いろんな話を、いろんな出来事をこのベッドの上で広げて見せ合ってさ、お互いの知らない時間を共有する。そして一日頑張ったねって寝転がって、体温のあったかさを感じる。この後すぐに聞こえる君の寝息を感じる。この時間がさ、とても、とっても好きなんだ。 「……おやす、み」  もしかしたら一日で一番好きかもしれない、と思いながら。君の寝息を聞きながら、そっと目を閉じた。 「あ、もしもし? お父さん? うん。今、大丈夫?」  このあとは、実技授業だから着替えなくっちゃ。それでレポートの提出があるから、教授のとこ行って。あ、あと、資料欲しいから図書館にも寄って。 「あのさ、同窓会があったでしょ? この前……うん。えっと、中学の……覚えてる? 一年の時の……」  それから、それから。 「あの時のさ、クラスメイトがね、来ててさ。……うん。それで、今、めっちゃいい大学行ってるんだけどその理由がね」  今日も一日忙しい。あとでまた日向にたくさん話したいな。  そこに、あの中学一年の時、殴り込みに行くと物騒なことを仄めかした俺のお父さんが、三つ団子のその後を聞いてどんなリアクションをするのかも言いたいし、それからそれから、学食のスペシャルセットがすごかったってことも一緒に日向に教えてあげよう。 「なんとさ……」  今日の夜、お互いに一日中頑張ったことを、一日の終わり、ほんの少し時間。おやすみなさいまでの短い時間に、また、いつもみたいに日向に話してあげよう。

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