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夏のヤキモチは美味しいです。編 2 真一文字の日向くん

――会いたいから来てるだけだよーっつって。  そう、本当にただ君に会いたいだけなんだ。一緒に住んでるのに? って思うかな。足りないわけじゃないよ。ただ一緒に住んでるからこそ、一緒に帰るのが楽しいなぁって思うんだ。 ――ラブラブで一件落着っしょ。  俺こそ、そう願うよ。っていうか、そうだと思うし。だから気遣ってもらってるとして。そうだとして。 ――す、すみませんっ。あのっ えっと、やっぱり、その話は……はいっ、今、ちょっと……。  それでもあの電話がどうしても引っかかって仕方がない。職場からの電話。  君は焦っていたようだった。その電話の最中に、ちらっとこっちを見た君が気まずそうな顔をした。話を聞かれたくなさそうに、俺から見えないほうの耳で、ぎゅって押し付けてまるで声が漏れないようにでもするみたいにスマホを持ち替えて、そそくさと部屋を出ていった。その時に漏れ聞こえてきた声が男性だったことすら気になって仕方がない。いや……どっちでも気になったかな。男性でも、女性でも。  疑ったりしたくない。  でも、気になる。  気にしないようにしてるけど。  気にしないようにしたいけど。  あのメッセージもらっちゃったら、無理だったよ。 ――ごめんなさい。今日ちょっと帰りか遅くなります! 「伊都!」  ごめんね。  来ないで欲しそうにしてたけど。  今日、帰りが遅くなるっていうから邪魔になるだろうけど。 「あ……」  お店の前、いつもなら迎えに来てるくらいの時間、お店は閉まって、普段なら早番の人はここで終わり。遅番の人だったり、入ったばっかりの日向もそうだったけど、新人さんはここから掃除があって、練習もしたりする。だから日向も入社してすぐの頃はすごく帰りが遅かった。今でもたまに遅いけれど、今日は早番だから、ここで終わりなハズ、の時間。でも、今日は遅くなるって言ってたから、きっとまだ帰れないんだろう。  だからメッセージを送った。  お店が終わったのなら、少しくらい出てくることはできるだろうし、残業の時はいつも、残業の前にメッセージが来るんだ。他愛もない小さなメッセージ。今日は忙しかった、とか、今日のお昼はどうだった、とか。  そのくらいのタイミングでメッセージを送って、ここで待ってた。スポーツウエアのお店には寄らず、ただ君に会いたくて、来たんだ。 ――いつものお店に買い物に来たから、ついで、だけど差し入れ。  そう言って。君を困らせるんだろうけど、君には来るなと言われていたけれど。 「日向」 「ど、し……」  日向は目を丸くして、それから、困ったって僅かに表情を歪ませ――。 「ごめん。これ、シュークリーム、お店の人と」 「あっ! 日向さんの! わ! やっぱり呼んでくださったんですね!」  日向の名前を呼ぶ声が掻き消えちゃうほどの大きな声。日向の後に続けてお店から出できたのは、灰色に近い淡いピンク色がキレイな髪の女の子だった。 「わー! ありがとうございます!」 「あ、の……」  何のありがとうございますなんだろう?  それに呼んでって。逆だよ。俺、呼ばれてないのに来ちゃったんだけど。 「さっそくなのありがたいです!」  さっそくって?  それに邪魔なはずの俺が、何か感謝されてるし。 「えっと……日向?」  日向は唇をキュッと真一文字にしてた。あと少しだけ。 「是非! 宜しくお願いしまーす! 日向先輩、浴衣、準備しちゃいますねー!」  浴衣?  準備?  ねぇ、日向? 「うん……準備、お願いします」  日向が段々と小さくなる声でそう返事をするのと同時、淡いピンク色の髪の女の子がとても元気のいい声で、俺のことをモデルさん入りまーす! そう言った。  びっくりした。  モデル、なんて言われて。  大学があれだから、水着常備でよかったよね。プールが空いてたらいつでも泳げるようにって持ってるんだ。じゃなかったらさ、これって、女性の前でパンツ一丁とかになる感じだった? それは、水着姿で人前に出ることに慣れてる俺でも恥ずかしいかな。まぁ、水着姿もパンツ一丁と大差ないと言えば大差ないんだけど。 「それでは浴衣の着付けレクチャーを行います」  何事かと思ったよ。 「今回はモデルの方に手伝っていただきます」  でも、もしかしたら、これが原因、かなって思うんだけど。自惚れだったらと心配しつつも、真一文字にキュッと結んだ日向を見つめる。  どうだろう。  ねぇ、日向。  俺が誰かに触られるとかは嫌だった?  裸見られるの、ヤキモチしちゃう?  君が頬を赤くした理由は、そう?  さっき、あの子が言ってた。やっぱり呼んでくれたって。そして君は、しばらくお店まで迎えに来なくていいって俺に言ってた。今日は遅くなるとも言ってた。  あの電話。あの電話も断ってたんでしょ? ―― やっぱり、その話は……はいっ、今、ちょっと。  俺が浴衣のモデルを頼まれないように。  そう、だった? 「まずは寸法に関して。両手を、広げてください」  今、それを訊くことは人前だから出来ないけれど。  俺の前に立って、向かい合わせで、ちょこんって君の手が俺の肩に触れた。  今、人前だから抱きしめることはできないけれど、抱き締めたいなぁって思いながら、その真一文字の唇を見つめてた。

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