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夏のヤキモチは美味しいです。編 3 おこりんぼ日向先生
「あー……予想外にまだ外暑かったね」
ずっとエアコンがしっかり効いた室内にいたから、夜も遅い時間、外の気温もずっといた日向が仕事をしているお店の中と同じくらいのような気がしてた。
でも、全然、そんなことはなくて、まだ昼間の暑さが足元のアスファルトには立ち込めてるような気がする。俺たちの間をすり抜けていく風も、今日の日の名残りなのか、もしかしたら、明日の日差しの準備なのか、ちっとも涼しくなかった。
それでもいつもと違う服装だからかな、なんとなく、なんとなぁくだけれど涼しいような気がしなくもない、かな。
病じゃないけど、気分次第って感じ?
「どうですか? 俺の浴衣姿は」
「……そんなのかっこいいに決まってる」
なぜか膨れっ面の日向ににっこりと笑いかけると、今度はプイッと顔を逸らしてしまった。
「日向が先生してるの、初めて見た」
「説明、下手すぎ」
「そう? 上手だったじゃん」
新人教育任されてるなんてかっこいいよって言ったら、また口をキュと真一文字に結んだ。困った時の顔。今はどうしようの困った顔じゃなくて、照れ臭くて困った時の顔。褒められて、ありがとうって素直に言うことができないくらい、浴衣の着付けモデルになった俺にヘソを曲げて、変にとんがってしまいそうになる気持ちを結んだ唇からこぼしてしまわないように我慢してる顔。
「来週、花火大会あるから」
「あー、そっか、そうだった」
「それで浴衣の着付け予約すごくて」
「うん。知ってる」
夕方まで予約びっしりなんじゃなかったっけ? それだけじゃなく朝もすごく早くに行かないといけないって言ってたの、覚えてるよ。
「だから、新人の子にも着付けできるようにしてもらって、もしできなくても着付けの仕方を知ってれば手伝いしてもらいやすいし」
「うん」
「だから、それのレクチャーしないとだった」
「うん」
「そしたら、モデル、必要で。男性スタッフいるんだからそっちに頼めばいいのに、新人の子が伊都を……」
あのピンク色の子、かな。すごいたくさん話しかけてきてくれたし、連絡先教えて欲しいって言われたし。付き合ってる子いるので、教えられないんだって言ったけど。
「同じ男性でもうちのスタッフの男子は背、小さくて、伊都、身長高いから、とか言って」
「そっか」
だからしばらく、つまりはこの着付け教室の日までは、俺は超多忙のためモデルは出来そうにないんですってことにしたかった。電話でも、今度は店長に頼めないかなって、頼まれちゃって。モデルでもいいんだけど、男性の着付けなら男性もできるわけで女性の浴衣の着付けはできない分、男性着付け用に習わせてあげたいからと言われた。
けど、それもどうにか断ろうとしてた。
「だから、その」
「そっかぁ」
だからあんなに困った顔してたんだ。
だから来ないでって、とりあえず、来ないでって言ってたんだ。
「俺、てっきり何かあるのかと」
「えっ? 何って? ちょ、何?」
いや、そんなに飛び上がって驚かなくても。
「あはは、まぁ、色々と」
「そ、そんなわけないじゃんっ! だって俺っ」
「うん」
「俺……」
君が浮気なんてしないって思ってるよ? けどさ、やっぱり、さ。
「伊都のこと好きだもん」
「うん」
「今日だって、本当にその、ホント、心狭いって言われそうだけど、伊都に誰も、その」
「……うん」
少し笑いそうになっちゃったんだ。
ほら、着付けの仕方を教えるだけじゃなくて、実際に自分でもできないようにならないと、でしょ? そんなわけで新人さんで希望する人だけは実際に俺を使って着付けをしてみたんだけど。その間、日向がすっごい不自然なくらいに近くにいるから。触って欲しくなさそうに、ずっと手がソワソワしてた、眉毛がちょっと下がり気味で、唇の端っこも少し下がり気味で。
それがくすぐったくて笑っちゃいそうになった。
日向がずっとむけてくれる「伊都は俺の」ビームがたまらなくくすぐったくて。
「伊都はっちっともわかってない! 本当にめちゃくちゃかっこいいのにっ、いっつものんびりしてて。俺、内心、いつもっ」
「はい」
急におこりんぼになった日向が、ほっぺたを真っ赤にしながら、そう慌ただしく、ずんずん進みながら話してる。
「今だって、結構たくさんの人が伊都のこと見てるし」
「いやいや、これはかっこいいとかじゃなくて、単純に浴衣姿の奴がいて珍しいんでしょ。どこかでお祭りとかあるのかなぁって気になってるだけでしょ」
「そんなんじゃないよ! ほら、今、通り過ぎた女の人もっ」
確かに振り返ってまで見られたけど。
それなら、それはそれで。
「じゃあ……はい」
「!」
君の手をぎゅっと握った。
浴衣姿の男が一人、とても綺麗な人と並んで、手を繋いで歩いてる。どこからどう見ても素敵な夏デート、でしょ?
「これで、恋人いるって一目瞭然」
しかもそのお相手はとってもとっても可愛くて綺麗で食いしん坊で、けどそんなところも愛おしい人。
「ちょっ、伊都!」
そんな人が俺の恋人ですって、俺はいつだって言いたいんだ。むしろ、世界中に言って回りたいくらいなんだって。
「あ、ほら、日向、めっちゃ俺たち見られた。あはは」
「あ、あはは、じゃないってば」
だから世界中の人に見えるようにぎゅっと握った。それから夏の暑さがしっかりと染み込んでしまっている夏風を掻き回すように、そのぎゅっと握って離すことのない白い手をぶんぶんと大きく振った。
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