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日向視点のとある日々編 4 もったいない、かな。

 試合、まだ始まってない、よね?  駅を出る時、チラリと時計を確認して、ちょっとだけ駆け足。  外は日差しがすごくて、走ってるとスプリングコートが邪魔になっちゃうくらいに汗ばんでしまう。  ちょっとだけね、話し込んじゃったんだ。  北川くんと。  ――や、なんていうか、向こうノンケだし。付き合ったの、俺が初めて、なんです。向こうは。んで、なんていうか、一年経ったら、向こうは俺以外に目移りっていうか……あ、いや、浮気されてるとかじゃないんです。ただ、その。  金髪で、なんとなくイケイケっていうか、ヤンチャな感じのする北川くんが悩んでるのがすごく。  ――俺は、やっと本当に好きな相手を見つけられたって感じだけど、でも、向こうにしてみたら、俺が初めてなわけだから、他、気になるのかなって。  他人事には思えなくて。  ――なんていうか、他、知りたくなるのかなって。  急ぎ足が止まっちゃったんだ。 「はぁっ、はぁっ、はぁ…………」  駆け足で辿り着いたグラウンド。まだ試合は始まっていなかったけれど、人はたくさんいて。もうビブスを着た選手たちが揃っているみたいだった。  伊都は……いた。  すぐに見つけられるよ。  特技になるんじゃないかってくらい、伊都のことはすぐに見つけられるんだ。  ――だって、一生のうちで、俺のことしか知らないのって、もったいないなって思うじゃないかなって。あと! ぶっちゃけ、飽きたり、しないかなって。俺しか経験ないわけだし。男なら他も知りたいって思うかなぁと。 「……」  伊都も、俺しか、知らない。  俺も、そうだけど。  俺は、いいんだ。伊都しか知らなくて。むしろ、伊都しか知らなくていいって思ってるくらいだから。  けど、伊都は。 「……」  女の子が話しかけてた。もちろん、知らない子。伊都のことを見上げて、笑顔を満開にさせてる。  嬉しそう。  伊都、かっこいいもん。  優しいし、なんていうか、一緒にいると自分の気持ちが柔らかくなるっていうか。  伊都みたいに素敵な人、他にいないって思うもん。  だから、あの女の子だって、話してたら、あんなふうに嬉しい笑顔になっちゃうよ。  身長差、ちょうどいいよね。  絵になるっていうかさ。 「!」  伊都が、俺のことを見つけてくれた。  女の子に一つ、二つ、何かを話しかけてから、駆け足で俺のところに。 「日向!」  来て、くれた。 「ありがとう。観にきてくれて」 「う、ううん」  女の子……。 「試合、これから」 「うん」  こっち、見てる。  伊都の背中越しに、ちらりと視線を向こうにやると、女の子がこっちをじっと見てて。目、合っちゃった。 「仕事、午後休み取ってくれてありがとう。明日とか、そのせいで忙しくなったりしない?」 「ううん。大丈夫だよ」 「あっちに観覧席があるからさ」 「あ、わかった。じゃあ」 「一緒に行こう」 「!」  手。 「あのっ、伊都?」 「?」  繋いじゃって、いい、の? 「……なんでもない」  女の子が見てるよ?  そう言おうとしたけど、やめた。そして、その代わりに、ぎゅって、ぎゅーって、伊都の手をしっかり握り返しちゃった。 「日差し、けっこうあるからさ。日向、あの木の下にいなよ」 「うん」 「助っ人だからあんま活躍できないかもしれないけど」 「ううん」 「また後でね」 「うん」  なんか、気持ちのとこ、苦しいくらいに、なんかが溢れてて、返事が二種類しか出てこなくなっちゃった。 「うん」と「ううん」の二つ。  だって手とか繋いでくれるんだもん。  だって、俺の方に駆け寄ってきてくれるんだもん。  嬉しくてさ。  けど、北川くんの言葉がツンツンって俺のことを突っついてきて、ちょっとグラグラしちゃうんだ。  一年、じゃなくてももうずっと伊都と付き合ってる。  だからきっと余計に思っちゃうんだよ。 「伊都」 「?」 「頑張ってね」  伊都がじっと俺を見てから、世界一優しくてかっこいい顔をくしゃっとさせた。 「もちろん。日向にかっこいいところを見せられるかもしれないって、これ、引き受けたんだから」 「!」 「それじゃあね」  だから、きっと余計に思っちゃうんだ。  こんなにかっこよくて素敵な伊都なんだから、みんな思うよね。こんな素敵な伊都と付き合ったことがあるのが、たったの一人だなんてさ。 「ちゃんと、木陰にいてね」 「うん」  もったいないなって。  試合はニ対ゼロで、伊都たちのチームの快勝だった。すごいんだよ。伊都が一点決めちゃった。もう一点の方も、伊都がアシストパス決めちゃうし。運動神経良すぎでしょ。俺がもしも試合に出てたら、確実に、負けてた自信あるもん。  あの女の子もぴょんぴょん跳ねて喜んでた。 「二次会は行かないから、八時で……八時半前には帰るかな」 「うん」 「日向は明日、早番じゃないよね」 「うん」  かっこいー! って思った、よね。  いや、普通にかっこよかったもん。  助っ人なのに助っ人になってないっていうか。いい意味でさ。サッカーサークルの人たち、きっと伊都に正式加入して欲しいよね。勧誘、たくさんされそう。  ちゃんと断れるのかな。  伊都、優しいから。  そして、俺は、ちょっとヤな奴だよね。  断って欲しいって思っちゃうんだ。  サッカーサークルの勧誘を。そしたら、あんなふうにかっこよくゴールを決めちゃうところを見られないで済む。あの女の子も、伊都に話しかけないし。  だから、ちゃんと断れるかなぁ、って、そんなことばっかり考えちゃうんだ。

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