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好き、ということについて編 1 夏が好き
ずっと不思議だった。
不思議っていうか、なんか、しっくりこないっていうか。
ーーあの、伊都くんって、今、付き合ってる人いる?
そう訊かれて。
いないと答えると。
ーーあの、よかったら付き合ってくれませんか?
そう訊かれる。
それがずっと、ずっと、自分の中でしっくりこなかった。
『えー? 花火大会くんの?』
うん。行くよ。そう答えたら、電話の向こうで玲緒が来るなら連絡してよ~って、なんだか不服そうに言ってた。
「うん。だから、今、言った」
『や、そうじゃなくて、もっと早くに』
もっと早くに言ってくれれば自分も地元に戻ってたのにって。
え……そんなことを言われても。それこそ、それなら玲緒がもっと早くに、俺たちの地元の花火大会の日に旅行の予定を入れようと思ってるんだけどって、言っておいてよ。玲緒の予定なんて、預言者じゃないんだわかるわけがないよ。
ちぇ。
そう、玲緒が呟いてる。
「また今度……うん」
「ただいまぁ、疲れたぁ。今日、俺、何人着付けしたんだろ。えっと」
そう指で、今日、浴衣を着付けた人の数を数えながら、日向がやってきて。「わ、ごめん」と、俺が電話中なのを見つけて、話しを急ブレーキで止めた。
「うん。次は言うよ」
日向が話すのをやめただけでなく、物音一つ立ててはいけないって思ったのか、そっとそっと歩いてる。
「わかった」
電話をしながら、そんなに気を遣わなくて大丈夫だよって、日向に伝えるために。
「玲緒」
『はい? 何?』
電話の相手の名前を呼ぶと、急に名前を呼ばれたことに不思議そうに玲緒が返事をした。
「それじゃあ、また」
『本当に! 絶対だから!』
「うん」
『ちゃんと事前に連絡してよね』
「うん」
した、けどね。今回だって事前に。そう心の中で思いながら電話を切った。
「……玲緒くんに電話してた?」
「うん」
息も止めてた? やっと息が吸えると言いたそうに、大きく深呼吸をすると、日向が冷蔵庫へ向かい、ミネラルウォーターを取り出した。
「浴衣、それで何人着付けしたの?」
「! あ、えっと、十八人」
それは……多いの? 少ないの? 普通なの?
けれど、大変な仕事だ。去年から日向も着付けをしてる。だから、花火大会のある時や、それから成人式の時、もちろんその成人式の前の写真撮影、などなど。着付けでてんてこ舞いになる日が年に数回やってくる。
「じゃあ、疲れたね」
「うん、疲れたぁ」
俺がソファに座ると、日向も隣にちょこんと座って、わざと寄りかかって、全部の体重を俺へ預けてる。
「ふふ」
「?」
「いや、だって、絶対に玲緒くんに、来るならもっと早くに言ってよって言われてたっぽいから」
「大正解」
やった、って言って笑ってる。
「玲緒くん、会ってないもんね」
「んー、まぁ」
でも、玲緒が元気にやってるのは知ってるし。俺も、元気にやってるし。
「昔はよく一緒に花火大会に行ってたんだ」
「へぇ、そうなんだ。地元の?」
「そう
小学生の時にお父さんも一緒に来てもらって、地元の花火大会に一緒に行ったこともあった。花火をその会場で見るのが楽しくて。というもの、お父さんのおじいちゃんの住んでるところの花火大会に、お父さんのお姉さん、だから、おばさんなんだけど、なんだかおばさんと呼ぶのがしっくり来ない感じの綺麗な人なんだ。そのおばさんに連れて行ってもらって、そこから。花火は会場で見る、みたいな習慣になって。
大きくて、真っ暗な夜空がぱぁっと明るくなるのが面白くて。
一面に広がる火花が綺麗で。
それに……夏が楽しいって思えたから。
「……伊都?」
夏はお母さんがいなくなった季節だから、どこかお父さんは悲しそうで。痛そう、って言った方が合ってるかもしれない。ふとした時、外に出て、夏の日差しに目を細める時、プール帰りの親子を見かけた時、それから、大きな入道雲が真っ青な空にもくもくとそびえ立ってるのを見上げた時、些細なそんな光景にお父さんは、瞬間だけれど、よく痛そうな顔をしていた。
それが、変わった。
――花火大会楽しかった? それならよかった。
その夏は俺だけ泊まりでおじいちゃんのうちに行ってた。スイカを川で食べたり、その川で魚釣りをしたり、花火大会にも行った。その頃くらいから、というか、睦月に出会ってから、少しずつ、ゆっくりお父さんは笑うことが多くなっていって。
その時も、花火すごかったよ、大きな花火でねって、俺は少し興奮気味に話したんだ。こんなことをした、こんなものを見た、たくさん楽しかったよって言うと、お父さんの方が嬉しそうに笑ってくれて。
俺はそれが嬉しくて、体をいっぱい使って花火大会の様子を話したんだ。
「楽しみだね、花火大会。玲緒くんに会えないのは残念だけど」
だから、花火大会は好きなんだ。
「うん。まぁ、玲緒は、いいよ」
「えぇ? 俺は会いたかったよ。あと、伊都のお父さんと睦月さんに会えるのも楽しみっ」
「うちのお父さんたちには先月会ったじゃん」
「いいんだよっ。何回だって」
お父さんが笑ってくれたから。
「うん。そうだね」
夏を楽しむと、お父さんも楽しそうにしてくれるから、俺は夏がとても好きになったんだ。
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