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好き、ということについて編 3 ヒーローと晩御飯

 俺もそうなるのかな。  日向がいるから考えたことなかったけど、もしも日向と知り合ってなくて、全然、日向のことを知らなかったら。  好きな子がいなかったら、付き合ってと言ってくれた子と付き合ったりとか。 「……ただいまー」  実家の玄関を開けると、いつも、なんだか自分が子どもの頃に戻ったような錯覚が起きる。  大学だって最初のうちはここから通ってたし、高校の時は毎日ここから学校に行ってたけれど、久しぶりに帰ってくると、高校の時とかじゃなく、小学生の頃のことをなんだか思い出す。  学童にいて、父さんが迎えにきてくれるのは大体六時半くらい。少しでも父さんの手伝いがしたい俺は、鍵を開けてあげようと駆け足でウチまで向かって行く。別に急かされてるわけでもないのに、父さんに「そんなに急がなくても」って言われながら。  飛び込むように玄関を開けるんだ。 「あれ? 伊都?」 「ぁ……睦月」 「おかえり」  玄関を開けたら、ひょこって睦月が顔を出してくれた。 「今日、父さんは?」 「んー? 今日は同じ部署の人たちと飲み会。送別会だって言ってたな」 「ふーん」  そっか、父さんいないんだ。 「千佳志さんに用事だったか?」 「ううん」 「じゃあ、日向くんと喧嘩でもした?」 「してないよ。日向が今日職場の人たちとご飯食べてくるって言うから」 「あはは、それで、実家で食べさせてもらおうと思ったのか」  うん、と素直に頷くと、そんな俺を見て、睦月が小さく笑ってる。 「じゃあ、一緒だな」 「?」 「パートナーが出かけてる」 「うん。睦月は夕飯どうするの?」 「んー? 大会近いから、ちゃんと食べるよ」  そっか。大会出るんだ。 「伊都も食べてくだろ?」 「うん。いいの?」  もちろん、そう言って、また小さく笑ってから、キッチンに向かった。  たまにあったっけ。  父さんが、棚卸しの時はどうしても残業になるから、睦月と二人で夕飯を先に食べてた。あんまり料理が上手じゃないって自分から言ってた睦月だけど、睦月の作ってくれる鶏胸肉と卵を炒めたのは、簡単だけど俺はすごく好きだった。塩胡椒が効いてて、シンプルなんだけど、ご飯が進むんだ。 「あ」 「今日は一人飯だから、手抜き。先に言ってくれれば、もっとちゃんとしたの作ったのに」 「ううん、俺、これ好きだよ」 「そうか?」  コクンと頷いて、両手を合わせていただきますをした。  睦月もその様子を眺めてから、同じように手を合わせて。  あ、美味い。  それから懐かしい。  ちょっと味変で。 「ケチャップは?」  あ、覚えてたんだ。そう、子どもの頃は味変で途中からケチャップをかけてたんだ。 「ううん。これで大丈夫」  さっぱりしてるから、ケチャップの酸味がすごく合ってて。二度美味しいってよく睦月に話してた。 「日向くんは? 元気?」 「うん。元気。花火大会楽しみって張り切ってた」 「そうか」 「睦月は? 大会いつ?」 「再来週」 「俺と日向も観に来て言い?」 「もちろん」  二人だと、少し、なんだろう。会話がゆっくりになるんだ。父さんがいると、三人になるからかな、もう少し賑やかで、俺もちょっとはしゃいでたりするんだけど、睦月が落ち着いてるからか、二人の時は俺も少し静かめでさ。  こんな感じで続く睦月との会話が好きなんだ。 「もう少し塩胡椒きかせてもよかったな」 「そ? 美味いよ」  睦月がニコッと笑って、大きな口でサラダのトマトを頬張った。 「千佳志さんの野菜炒めは花火大会の時だな」 「うん」 「たくさん作るって張り切ってた。タッパで持たせようって」 「あはは、日向がめっちゃ喜ぶ」 「千佳志さんも喜ぶよ」 「……」  睦月は、父さんのことを話す時が一番優しく笑う。ニコが、もっと柔らかく、温かい空気をまとう。それが俺は、なんだか子ども心に、すごいなぁって思ったんだ。  こんなふうに笑って、相手のことを話せるようになりたいなって。 「……睦月ってさ」 「?」 「父さんと、付き合う前って、恋人の人、いたでしょ?」 「ッブ、ゲホっ、ゴホっ」 「ちょ、ごめんっ」 「いや、急に言い出すから驚いただけ」  あんまりこういう話しないもんね。っていうか、父さんいたらこういう話しないし。 「……まぁ、いたよ」 「女の、人?」 「まぁ」 「そっか」  そう、だよね。今でこそ、渋い感じになったけど、多分、若い頃の睦月ってモテたんじゃないかなって思う。わからないけど。でも、そこで、同性の、しかも小学生の子どもがいる人とって、どうしてかなって。 「いたけど」 「?」 「千佳志さんは特別だからなぁ」 「……特別」 「そう、千佳志さんは特別」  それはまるで大事な大事なことのように睦月が丁寧に言った。 「この人が笑ってくれるには何をしたらいいかなぁって」 「……」 「この人が楽しそうに笑ってくれる、それを自分ができたらいいなぁって」 「……」 「そう思えた人だから」  そう言って、睦月が笑った。楽しそうに、嬉しそうに。  幸せそうに。  笑って欲しいって、自分がその人を笑わせられたらって言ってる本人が、とても嬉しそうに笑っていた。

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