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好き、ということについて編 5 君と見たかった

 地元の、その花火大会はちょっとしたビッグイベントで、その日はなんだかどこもかしこもソワソワしている。  スーパーも朝から大賑わいだし、花火観覧にどうぞってお弁当がいつもの倍以上は並べられてて。子どもながらにワクワクしたのを覚えてる。 「やっぱ混んできたね」 「そうだね。ちょうどの時間だから」  観覧席は有料だから、俺たちは駅前で見ることにした。駅前のロータリーは今日の夕方から車の通行が止められていて、車道に人が立ち入っても大丈夫になっている。立ちながらだけど、そこでいいかなって。  花火を観終わったら、そのまま実家に行って晩御飯を食べさせてもらうんだ。  父さんが野菜炒めをたくさん作ってくれてるからって話したら、日向がとても嬉しそうにしてくれた。  野菜炒めなんて、たとえば、唐揚げとか、ステーキとか、手巻き寿司に比べると普通の献立だけど、俺の好物で、睦月と父さんの大事な思い出のレシピで。だから、我が家では一番のごちそうなんだ。 「日向、こっち」  そして、それを日向もごちそうって思ってくれるのが嬉しかった。 「平気? 日向」 「う、うん」  急に混雑してきた電車の中で日向が押し潰されないようにと日向を自分の懐に招いた。下駄だから、電車の揺れにバランスを崩しそうになった日向と手を繋いで。壁になってあげると、少し頬を赤くしてる。 (どうかした?)  混んでるし、すぐ近くだから、小さくそう尋ねた。 (伊都がかっこいいなって) (そう?)  コクコク頷いてる。 (浴衣もバッチリ) (日向の着付けが上手だから)  へへへ、って笑ってる、君がとても素敵だって思いながら。 (あの、後ろに女の子がいて)  俺の? 後ろ?  日向が俺の肩から向こう側をちらっと伺うように視線を送ってから、じっと俺を見上げた。 (伊都のことチラチラ見てる) (俺?)  コクコク。一生懸命に頷いて、俺の肩の辺りの浴衣の袖をキュッと小さく握った。 (大丈夫だよ) (……) (俺に掴まってて)  俺は浴衣姿の日向の方しか見えないし、白い日向の浴衣しか目に入らないから。  っていうか、俺も、あんまり日向の浴衣姿をじっとは見ていられないけど。うなじの辺りとか、ね。 (ふふ) (?) (楽しみだね。花火大会)  去年も見たんだけどなぁ。日向の浴衣姿。 (それからお父さんの野菜炒め!) (そっちの方が楽しみっぽい)  それでも一年ぶりに見た君の浴衣姿にクラクラしてるんだ。 「わあああああ」  やっと駅を降りられた、と思ったところで、ドーンって、大きな音が空に響いた。  周囲もびっくりして歓声がちらほら聞こえたけれど、日向が隣で目を輝かせてる。 「始まった」 「うん」  ここからは見えないよ。駅のホームの屋根が邪魔して花火が打ち上がっているのを見ることはできない。けれど、その音がするたびに空が明るく照らされているのだけは伺えた。 「こっち側なら少し見れるかも」 「!」 「見えた?」 「うんっ」  駅のホームはジリジリと少しずつしか進んで行かない。階段まであと少しだけれど、これはしばらく駅から出るのは難しいかもしれない。  早く花火が見たいとそわそわしている日向の手を取って、俺のいる方へと連れて行くと、ほんの少し、花火の端だけがちらりと見えている。ただその花火の欠片ほどでも嬉しそうに目を輝かせてる。 「見えたっ」 「うん」 「わ、わ、これ大きそう」 「うん」  空高く、空気を割きながら昇っていく音がする。それからしばらくして、心臓を直に音がたたくように衝撃音が辺り一面に響き渡った。  それからは階段を上って、改札を通って、しばらく花火は全く見れないままだった。 「わあああああっ!」  そして、駅の改札をようやく通過して、駅舎から飛び出したところで、二回目の歓声を上げた。  空一面に花束のような花火の連打が広がっている。火花がいくつもいくつも弾けて、飛んで。 「すごいっ! 綺麗ー」  日向の嬉しそうな笑顔を照らした。  ――あの、伊都くんって今、好きな子、いる?  とても嬉しそう。そして日向の瞳に花火が映り込んでいて、白色の清々しい華やかな花火に照らされた笑顔は綺麗で。  花火よりもその笑顔を見ていたくなるくらい。  ――もし、いないなら、よかったら。  その笑顔を見て思ったんだ。  あぁ、そうか。  俺は、あの時、あの女の子の告白を不思議な気持ちで聞いていたけれど、話したこともほとんどないその子とも花火を一緒に見ないといけないことを少し不服に思っていたけれど。  それは、これがあったから、なんじゃないかって。 「すごーい、伊都」 「……うん」  あの時、日向に出会うなんて知らないけれど、でも、父さんと睦月みたいにさ。  俺はこの花火をきっと好きな子と見たかったんだ。  初めて見るなら、好きな子と見たかった。  そして、その子の笑顔を見たかった。  睦月が父さんが笑うと嬉しそうにするみたいに。  父さんが睦月の応援に普段は出すことのない大きな声を出すみたいに。  花火の思い出の一番を好きな子に彩ってもらいたかったんだ。 「綺麗だね、日向」  そう思いながら、大きな大きな花火に歓声をあげる日向を見つめてた。

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