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第3話 そんな奴

 さっき、行列に並んでいた俺らとは逆の方向へ、つまり出口のほうへ歩いていたから、もう初詣が終わって帰るんだと思ってた。でも、今、また境内にいる。あれ、たぶんだけど、あそこおみくじの結び所だし、おみくじを括ろうとしてるんだろ。  あっちの低い場所になら、白崎の身長でも手が届くのに、なんでか、誰のおみくじもくっついていない、あの結び所の縄の高い場所がいいらしくて、足を精一杯爪先立ちでフラつきながらも頑張って手を伸ばしていた。  向こうにしてみたら、俺は新しい学校の大勢いる同級生のひとり。声をかけたって、俺の顔を見たところで誰だかわからないかもしれない。 「それ、括りつけるの、手伝おうか?」  けど、声をかけた。だって、白崎が諦めずにどうしてもそこに手を伸ばすから、フラフラしてるし、こんなに寒い中で手袋もせずに、ずっと。吐く息が真っ白だから、なんかさ。 「ぇ?」  だよな。びっくりするよな、いきなり声かけられたりとかして。でも、こんな真冬の深夜に手袋なしじゃさ。ほら、近くに行くと、指先がかじかんでいるのかピンク色になっている。 「ぁ……ぇ」  白崎にしてみたら、知らない人同然。変な奴って思われそう。 「佐伯……」 「えっ?」 「ぁ! ごめっ、くんっ! 佐伯君……」  びっくりしたのは、俺のほうだった。まさか向こうが俺の名前を知ってるとは思わなくて、びっくりして、そしたら今度は白崎が真っ赤になった。 「いや、クンつけろよ、とかじゃなくて。よく隣のクラスの奴まで名前知ってるなって思っただけ」  記憶力いいんだなって言ったら、無言で笑った。そして、薄く開いた唇から、ふわりとまた白い吐息。 「それ、枝にくくりつけるんだろ?」 「……ぇ、あ、うん」 「ほら」  なんか、イメージしていた感じと違ってた。白いダッフルコートに白い肌、美人、って、そう言われても男の白崎は嬉しくないだろうけど、でも、綺麗な顔はどこか冷たい印象すら与える。だからもっと大人っぽいっつうか、しっかりしてるんだと。 「俺なら背届くから」  そう思ったのに、頬を真っ赤にした白崎はなんか子どもっぽくて。ちゃんと同じ歳の奴だった。 「あ、りがと」 「どういたしまして」  俺がおみくじを結ぶところをじっと見つめている。  帰ったんだと思ったのに、おみくじだけ引きに戻ったのか? 白崎に同じ白いコートを着た双子の兄弟がいるとかじゃないのなら、一度出て、また戻ってきたってことだ。  そんで、おみくじを結ぼうとしてた。 「悪い結果の時だっけ……」 「え?」 「結ぶのって」  よくわからないんだ。おみくじ、俺はいつも引かないし、玲緒はおみくじとか好きだけど、あいつどうしてたっけ。あんまりちゃんと見てなかったから、結果を読んだあと何をしていたのかあまり覚えていない。 「ぁ、うん」 「……そっか」  悪い結果だったら結ぶのか。じゃあ、こんな一番高いところに括りつけようとしてたのは、占いの結果がすごく悪かった、とかなのか。 「悪い結果……だった」  もう一度、しっかりと口にして、それから白い肌に薄ピンク色の、まるで猫の鼻みたいな色をした唇を噛み締めた。悔しいとも、悲しいともとれる、切ない顔をして、足元の砂利をローファーの爪先でちょっとだけ蹴った。そして、鼻をちょっとだけ鳴らした。 「寒い?」  尋ねると顔を上げて、その鼻先が季節外れのトナカイみたいに真っ赤になって、また、ちょっと白崎の印象が変わる。 「甘酒、飲んだ?」 「え?」 「ここ、初詣の時、無料で甘酒配るんだけど、ちょっとわかりにくいところで配ってるんだよ。あっち」 「ぇ、あのっ」  知らないだろうからさ。転校してきたのが夏休み明けなら、ここの神社でする初詣も初めてなわけだし。 「嫌い?」 「え?」 「甘酒」  ぽかんと開いた口元からふわりと零れる吐息の白も、さっきまでは寒々しく見えたのに、なんか、今は白崎の周りでふわふわ出現する綿飴みたいだ。 「べ、つに……」 「ここのちょっと美味いんだ。それにあったまるし。俺ももう一杯飲みたいし」  本当はおかわりできないんだけどさ、でも、まぁ、いいかなって。 「行こう、なくなっちゃう時もあるから」  それに、少し悲しい顔をしたから甘酒の優しいこってりとした甘さは今の白崎は美味しく感じるんじゃないかなって思ったんだ。  ふぅ、ふぅと、唇を尖らせて、紙コップの縁から、吐息でわずかに冷まして、甘い湯気に鼻先を触れさせながら、コクリと小さく一回、口にした。 「あ」  そして、眉をあげて、目を大きくして、赤くなった鼻先で一度香りを確かめてから、驚いた声で「美味い」って、白崎がそう言った。 「だろ?」  白崎の上品な外見からは想像できない、普通の男子高校生が使う雑な「美味い」の一言がおかしくて笑いながら、俺も二回目の甘酒を口にする。けっこう甘いんだよ。こっくりとした甘さは二杯連続ってなると少ししつこくなるのか、さっき飲んだ時以上に甘く感じられた。  でも、白崎は気に入ったらしい。  興味津々って顔をして、乳白色の水面を覗き込んでから、二度、三度、口に含んでは、また水面を覗き込んで。それを繰り返してあっという間に飲み終わってしまった。 「あ、あの、佐伯君は同じクラスの子と一緒じゃなかった?」 「あぁ、玲緒? はぐれたんだ。さっき、この辺で一緒に甘酒飲んで、そんでお参りしようと思ったんだけど」  あれ? さっきすれ違った時、俺らのこと気がついてた? でも、まぁ、話したことないし、俺が白崎だとしても同じように知らないフリをするだろうけど。 「そうなんだ」 「そっちは? 白崎は?」  ひとり、だとわかっていたけれど知らないフリをした。 「あー、ううん、ひとり、なんだ」  知ってる。でも、俺はへぇ、そうなんだって言った。  だって、俺ならひとりで初詣は……来ないかな。それでも、ひとりでも来たかったんだとしたら、やっぱ何かあるのかなぁって。そしてちらつく「季節外れの転校生」なんて言葉を、さっきから何度か頭の中から追い払っている。  俺は何も知らない。噂なんてものは当てにしないから、俺は白崎のことを本当に知らない。白崎に何があって転校してきたのかなんて。親の都合で転校してきたとかなのかどうかも。直接本人から聞くまでは何もわからないだろ。けど、ひとつだけ。 「おみくじも引いたし、甘酒も飲んだし、あとは……綿飴買う? 階段下りたとこで売ってた」  ふと、白崎の周りに忙しなく広がる吐息の白と、頬のピンクがさ、連想させたんだ。 「え?」 「ほら、なんか、今、人気じゃん。カラフルな」 「知らない。そうなの?」 「いや、俺もよくは知らない。綿飴とか、そんなでもないし」 「佐伯君も知らないんじゃん」  笑った。クスって、笑った。けど、眉を下げて、なんか困ったような変な笑い顔。  ひとつだけわかったことがある。大人びてなんかなかった。あと、けっこうよくしゃべる奴。そんで、笑い方が下手くそで面白い。だから、なんか笑わせたいなぁって思った。そんな転校生だった。

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