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第4話 可愛いから、なんとなく

 白崎のおみくじを、あいつが望んだ一番高いところに括り付けてやって、甘酒一緒に飲んで、綿飴みたいに白い息を吐くような寒い中で、少し話して、その場で別れた。あいつはあの後、どこか行ったんだろうか。家に帰ったんだろうか。  俺は、玲緒を含めたクラスの奴らとカラオケに行くことになってたから、白崎の背中を少しだけ見送って、そこから駅まで向かった。思っていた通り、神社ではぐれた玲緒は駅前で寒そうに肩を竦めて待っていてくれた。どこ行ってたんだよって文句を言われて、俺はごめんごめんって軽いノリで謝って。 「ごめん……」  今もまた、今度はクラスの女子に謝った。  皆で初日の出を拝もうって、クラスで盛り上がって、でも初詣から日の出までの数時間を外で待機なんてしてたら凍える。だからカラオケをあらかじめ予約しておいて時間を潰してた。歌ったり飲んで話したり、合間でトイレに行こうと個室を出たら帰り、呼び止められて、俺は振り返りながらいやな予感がした。  告白されて、断ると、俯いていた彼女が小さく肩を竦めて、消え入りそうな声で「ううん」って呟いて、学校では真っ直ぐな髪を、ふわりと揺らした。今日はお正月だから巻いてみたんだけど、あんま上手く巻けなかったって言ってたっけ。 「ごめん」  もう一度深く謝って、そんで、それぞれ時間を置いて部屋に戻った。一緒じゃ、あれかなって思って。でも、玲緒はこういうの目ざとくて。 「また断っちゃったの?」  やっぱり気づかれた。皆が歌っているのを聞いているかのように視線だけはそっちへ向けて、歌声に混ぜ込んで他の奴らには聞こえないようにって。 「柳原可愛いのに。伊都、どんだけ理想高いの?」  寒いから、先に部屋に入らせた彼女も歌を聞きながら笑ってる。笑ってるけど、そんな笑顔を見ながら、もう一度、胸のうちで「ごめん」って謝った。  けっこう話しかけてくれてた。髪型もお正月だから気合入れたんだって隣に座って笑って、でも、今はこっちをチラッとも見ずにずっと歌っている奴だけを見て、手拍子してる。 「理想なんてないよ。だから高いも低いもない。ただ、可愛いから付き合ったとか、告られてなんとなく、とかって違う気がするんだ」  だから、いつも断ってしまう。玲緒はそんな俺を諭すようにじっと見つめて、そして、思いっきり大きな溜め息をひとつ落っことした。 「伊都、モテるのに」 「そんなの……」  モテるからって何も意味ないだろ、そう言うよりも早く、玲緒が苦笑いを零して「真面目」って呟いた。  真面目なんかじゃない。  ただ違う気がするんだ。可愛いから、とか、好きって言われたからなんとなく、とかさ。付き合うのってそういうもんなのかなぁって考えるんだ。  俺は自分がモテてるかどうかは知らない。あんまり他の奴らと比べるような事でもないと思うから。ただ、今まで何度かされた告白に「ありがとう」とは答えても、頷いたことはない。  毎回断るから、最近じゃ玲緒があんなふうに世話焼きをしたがる俺のおばさんみたいに小言を言うんだ。おじいちゃんの実家の近くに住んでいるおばさんも会う度にちょっかいを出してくるから。  高校生が彼氏彼女を作るのに、そんな考え込むほうが重くてウザいのかもしれないけど。もっと気楽にするべきなのかもしれないけど、でも、あの二人を、家族を見てると、なんか違う、って思ってしまう。 「ただいまぁ」  この二人を見てると。 「え? 睦月、お餅そんなに食べるの?」 「ダメ?」 「……ダメじゃないけど、あ! 伊都、おかえり、寒かったでしょ。今、お雑煮を作ったから食べれば? これから寝るのに寒いままだと」  そういうのって違う気がしてしまう。 「あったまったほうが眠れるから」  ニコッ、って、本当に幸せそうに笑うお父さん。そして、そんなお父さんを見つめて、嬉しそうに口元をほころばせる睦月――そんな二人をずっと見てきた。 「んー、おじいちゃん家行くのって、明日だっけ」 「そうだよ。え、何か予定入れちゃった?」 「んーん。そうじゃなくて、ただ聞いただけ。お雑煮は起きたら食べる。ちょっと寝てくる」 「おやすみ」 「おやすみ、伊都、ぁ、睦月、俺はお餅二個だから」  睦月はいくつ食べる気なんだろう。  七個も焼こうとする睦月をお父さんが慌てて止めていた。二個なんて少ないもっと食べろって睦月に言われて、そして、お父さんが反論して、二人して笑って、空気が柔らかく温かくほぐれて。  空気に沁み込む、この二人の好きに包まれて俺は育った。  だからかな、玲緒が言ったみたいに思えないんだ。なんとなくとか、可愛いからとりあえず、とか。  だって、このふたりは、そんな理由で付き合ったんじゃない。男同士で、お父さんには俺がいて、睦月は年下で、それでも好きになった相手だから、あの温かい空気になってる。  理想なんて明確なものは持ってないけど、あの二人みたいな恋をできたら、とは思っている。 「ふぅ……」  理想じゃない。たぶん、これは憧れだ。あんなふうに誰かのことを想えたらって。そしてそんな相手にだからこそ向けることのできる優しい笑顔。 「……笑顔……か」  ベッドに倒れ込んで、ふと、目を閉じた。  目を閉じたら、白崎の白い吐息の中で見せたぶっきらぼうな笑顔を思い出した。  笑顔が下手な奴なんて初めて見た。眉尻が下がって、困っているようにも見える、何とも言えない変な笑顔だった。それが可笑しくてちょっと笑ったら、不思議そうな顔してたっけ。  真っ白だったな。夏に泳いでばっかの俺は真冬でもあそこまで白くはなれない。あまりに白いから、薄ピンク色をしたほっぺたがやたらと目立ってた。本人もあの夜の闇の中じゃ相当目立ってたけど。  足、ぴょんぴょんって、飛んでまでおみくじを一番高いところにくくりつけたがる、案外頑固な奴で。甘酒を一生懸命に飲んでた。 「……甘かったな」  あの甘酒。二杯目は、やたらと甘く感じられた。  ――ごめっ、くんっ! 佐伯君。  俺の名前知ってた。  こっちはあいつの事何も知らないのに、玲緒のことも知っていた。 「あのおみくじ……」  なんて書いてあったんだろう。一番高いところに括りつけたくなるような何が。  ――佐伯君も知らないんじゃん。  そう呟いた白崎の声は澄み切っていて綺麗だった。  ――悪い結果……だった。  あの時、どんな顔して自分の頭上に結び付けられるおみくじを見てた? ひとりで初詣? ひとりでおみくじ? 結果はあまり良くなくて。あいつはどんな気持ちで帰って行ったんだろう。あいつは――。 「……」  考えながら寝たからなのか、白崎は夢の中に現れて、困ってるのか笑っているのか、どっちとも取れる顔をしていた。
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