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第6話 まだ、出会ってない

 驚くことに俺は駅四つ分も走ってた。でも、まぁ、期末テストとかあって、あんまりしっかり泳げてなかったから、色々溜まってた感じ。たぶん、十キロくらいは走ったけど、足も体も逆に軽く感じられる。  白崎にもそう言ったら、またびっくりしたらしく、眉をあげて、そして、今度はその十キロをまた帰らないといけないんだよ? と、当たり前のことを言っていた。  整備されてる歩道の広さはうちの辺りよりも広くて、真っ直ぐに伸びているから、走ってる時に気持ちがよかったんだ。敷き詰められてるレンガも違う。あと、街路樹も。 「お財布もスマホも持ってないなんて」 「あー……ポストに年賀状を出しに行くついでに走ってたんだ。ごめん。マジで借りていい?」 「いいよ。お茶? あ、スポーツドリンクか」  白崎がコンビニにぎっしり並ぶペットボトルを見上げる。その頬は店の暖房であったまったのか、さっきよりも赤色をしていた。マフラーでぐるぐる巻きだし、早く飲み物決めないとのぼせそう。 「年賀状って、今日元旦」 「あ、俺、お茶でお願いします。年賀状は親の。出してないけど送ってくれた人がいたとかで、二枚だけ」 「……」  そこで白崎が顔を上げた。 「白崎? お茶、ダメ?」 「ごっ、ごめん! 大丈夫! お、お茶ねっ」  じっとこっちを見るから、走ったんならスポドリでしょとか思ったのかもしれない。苦手なんだ。甘くて、後味が残ってまた飲みたくなるから。睦月にも、あれは原液飲んでる感じで、本来はもっと薄めないとって言われてる。 「いいよ。自分で取る」  慌てて手を伸ばす白崎よりも先に後ろからひょいっと取ってしまった。だって、その白い手にキンキンに冷えたお茶を持たせるのは、なんつうか、忍びないと思ったんだ。かじかんじゃいそうで。 「あ、あとは? からあげとか。あ、肉まんもあるよ? パンとかも」 「っぷ、白崎、親戚のおばちゃんみたい」 「なっ」 「いいよ。サンキュー。喉渇いてただけだから。白崎は? 何か買うのか? って、俺のお金じゃないけど」  おばさんもそんな感じだっけ。お父さんがほわほわしてるけど、おばさんはその逆にしっかりしてるっていうか世話焼きで、遊びに行くとずっと話しかけられてた。睦月はそんなおばさんにニコニコ笑顔で、お父さんはその隣で嬉しそうにはにかんでて。  おばさんと睦月はよく話してる。お父さんはあんまり話さないほうなんだけど、すごく顔に出るんだ。何を感じてるのか、よくわかる。睦月といる時のお父さんはちょっと頬が赤くなってて、可愛いんだ。そんな時、睦月はお父さんを見て、すごくカッコいい顔をして笑う。  お互いに大好きなんだなぁって、思った。お父さんの嬉しい気持ちと、睦月のお父さんを思う優しい気持ち、そのどっちも、俺は素敵だなって、思ってた。いつか自分も大きくなったら、あんなふうに誰かを思って笑うんだって。 「……」  そんな恋をするんだって、思ってたけど。まだ、そんな恋には出会えてはいない。 「佐伯君? 何か、欲しいものが」  いつ出会えるんだろう。 「野菜炒めの……具? 佐伯君のうち、おせちじゃないの?」  野菜炒めとかに使う、カット野菜。俺の大好物の野菜炒め。味もだけど、ドキドキとコーチが自分のうちに来るっていう、あの時の嬉しさを思い出す。 「なんでもない。ごめん」  あの時、お父さんと睦月の恋の始まりを、まだ子どもだった俺は見上げてた。今も、まだ見上げてる。 「ホント、お金必ず返すから」 「あ、あのさ。喉渇いてたなら、すぐに飲む?」 「え? ぁー、うん」  レジには俺のお茶と、それと。 「あの、そしたら、俺も、喉渇いたんだ。だからっ」 「……」 「だから、そのっ」 「……白崎って、変な奴だよな」  カウンターを挟んだ向こう側でレジの人がお会計金額を告げる。 「えっ?」 「だって、喉渇いたのに、コーンどっさりコーンポタージュって」 「えっ? えぇ? あっ!」 「お会計が……」  レジの横にあった、小さな保温機から取り出したそれに、取った本人だけが大慌てでさ。やっぱ、厚着しすぎなんじゃない? 本気でのぼせてそうな頬の赤色は耳にまで広がって、熱でもあるんじゃないかと思わせるほどだった。  外に出るともう陽が落ちて夜に変わっていた。あっという間だなぁって言って、コンビ二の駐車場にあるポールに腰を下ろす。  ペットボトルのお茶をあけて、とりあえず飲むと、喉を通った水分が一気に身体に浸透していくのを感じた。サーッと身体に染み渡って潤っていく感じ。 「白崎は、喉、潤った?」 「からかってるだろ」 「いや、コンポタで水分補給する人だっているだろ。人それぞれ」  真っ赤な頬を膨らましてる。 「コンポタ、美味い?」 「……美味しいよっ」  怒ったりもするんだな。って、当たり前だけどさ。綺麗な顔してるし、おとなしい感じがしてたし、俺なんかよりもずっと細いから、なんつうか、もっと静かな奴なんだと思ってた。  でも本当は少しおっちょこちょいで、でかい声も出るし、コンポタを数秒で飲みきったりもする。謎めいた、季節外れの転校生――だっけ? 「……なんか、佐伯君って」 「俺?」 「強くて、カッコよくて、女子とかからも人気あるし、だからすごくしっかりしてるんだと思ってたけど」  案外、見かけと中身なんて違ってるもんだ。 「スマホもお財布も持たずに駅四つ分も走って、そんで」  だって、まだ俺らは高校生なんだから。 「迷子」  きっと、白崎は何気なく話してる。自分で取ったくせにコンポタのチョイスにびっくりするくらいのおっちょこちょいだから、無意識で言ったんだ。  俺のことをカッコいいとかさ。  ほら、それよりもコンポタをからかった俺への反撃がしたかっただけ。俺のことをカッコいいって言ったと自覚なんてしてる様子がない。そんな様子が、俺にはすごく、その……。 「白崎」  そのピンク色の頬は綺麗な色だと思った。そして、白崎が――。 「あっ! ごめん! 身体冷やすよね! 薄着だもんね」 「……あぁ」  白崎が、さ。 「スマホもお財布も持たない軽装で、駅四つ分走ったんだもんね」 「白崎こそ、からかってるだろ」  白崎のことを――そこで、止めた。

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