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第11話 苦手なものって書いてある。

「ピッチングしちゃってるんだ。どっか身体が力んでる。だから――」  水から顔を出した白崎にプール側に座りながら、平泳ぎの手のかきかたをやってみせた。 「えっと、ピッチングっていうのは身体が上下運動しちゃってる。水の抵抗が増すし、力んでるから多分そうなってる。息継ぎで顔を上げる時だと思うんだよね」  たまに出てしまう水泳用語を解説しながら、今度は息継ぎの仕方を座りながらやってみる。  練習二日目。やっぱり白崎はカナヅチなんかじゃなくて、ただ、泳ぎ方を忘れてしまってるだけみたいに感じる。でも、ほら、まだ泳ぎきったあとのターンも練習しないと、うちの学校メドレーやらせるからさ。もう少しフォームも整えたほうが本人も泳ぎやすくなるだろうし。まだあと数回はやったほうがいいと思う。うん。 「ウエッジキックにしたほうが白崎はやりやすいのかな」 「ウエッジ?」 「あ、うん。平泳ぎのキックの仕方のひとつ。脚を引きつけるじゃん? その時にヒザ離して、そのまままっすぐ蹴るんだ。後ろに。でも水の抵抗が増すから、白崎疲れるかも」 「……」 「細いから、さ」  そう細くて白いから。でもこれは身体の固い人は泳ぎやすくて。そう付け加えながら、俺のコーチングをじっと見つめる白崎から目をそらした。白くて華奢な白崎が水中で手足をばたつかせてると、なんか、ドキドキする。まるで、それは人魚みたい、なんて。 「あれ? 伊都、宮野さんは?」 「! 田中さん」 「見かけない子じゃん」 「あ、えっと」  正月の三が日も終わって、今日から仕事っていう人もいるとニュースでやっていた。だから、プールは昨日ほどには閑散としていなくて、チラホラと人がいる。その中でも、あんまり遭遇したくない人に会ってしまった。 「……ふーん」  普段は普通だ。水泳上手いし、この人のアドバイスは的確で、睦月ほどじゃないけど、タイムもいいの出すし。ただ、ちょっとたまに苦手。  田中さんは大学生でイケメンで大会とかになると女の人が必ず応援に来るくらいで。そんで、若干、遊び人、かな。応援に来る女の子が毎回違っているような気がする。でも、どの子も化粧が同じで似たような髪型に似たような服装だから、同一人物なのかもしれないけど。  そういう人だから、別に白崎は男だけど。つまり、さ。 「S字ストロークにしたらいいんじゃないか? わかる? S字ストロークっていうのはね、手をこう動かすんだ。ひとかきでグンと進むから、君みたいに細い子は楽なんじゃない? スリムだからそもそも身体に食らう水の抵抗少ないだろうし。教えてあげよっか?」 「田中さん!」  勝手に声が二人の間を遮った。 「別に、競泳とか目指してるわけじゃないんで。ただ、泳げないんで、そんで」  白崎って、名前を、田中さんに知られたくなかった。なんでか、わからないけど、女ったらしなこの人に白崎のことを知って欲しくなくて。自分の胸の内がイヤな感じにモヤリと曇る。 「あ、あの……」  澄んだ白崎の声がプールに響く。綺麗な声なんだ。それに、綺麗な白い肌。男だけど、そんなことは。 「そのS字の、俺、やったほうがいい? 佐伯君」 「……あ、いや、普通に、白崎はそのままで」 「そっか。じゃあ、このままで」  そんなことは関係ないかもしんないじゃんか、って思った。 「ごめん。コーチ、少し休憩してもいいですか?」  女ったらしの田中さんにはあまり、その、関わらないほうがいいって。 「あ、はい。どーぞ」 「っぷ、なんで佐伯君、敬語」 「そ、それは白崎もだろ」  白崎にコーチって呼ばれた。田中さんのアドバイスじゃなくて、俺を見ててくれた。俺に意見を求めてくれた。それが、なんだかとても嬉しかった。嬉しくて、なんかニヤケそうになる顔を俯いて隠してたけど、その視界の端っこに、女ったらしの田中さんがとても面白いものを見たみたいに、目を細めているのが映った。 「あ、そうだ。伊都、これやる」  だから、見られないように、おもむろに口元を手で隠した。 「映画の前売り券。女の子と行こうと思ってたんだけど、その子にフラれたから」 「……え?」 「二枚、どーぞ」  やっぱ苦手だ。田中さんはそう言って、持っていた鞄からチケットを出すと、俺のタオルの上に置いて、手をヒラヒラ振りながら行ってしまった。びっくりしている俺を見て、また楽しそうに笑っていた。 「映画って……げ、映画って、これ?」 「佐伯君?」  ほら、やっぱ、俺はあの人苦手だ。合わない。だって、あの人のくれた映画のチケット、俺が一番苦手としている、ホラー系だったから。 「ック、プククク」  プールを出てすぐのところ、更衣室の手前にある自動販売機。ジュースとアイスの、両方の機械が置いてあって、俺は何かが上手くできるたびに、ここでお父さんにアイスを買ってもらっていた。  そのジュースのほうからガランゴロンと大きな音を立てて、缶ジュースが転がり落ちてきた。 「……なんだよ」  休憩時間、肩を冷やさないためにって昨日は俺のTシャツを貸したけど、今日は持参したジャージを羽織った白崎が笑いを噛み殺してる。よっぽど可笑しいのか、頬までピンク色にして、困ったように顔しかめて、口元を必死に隠してる。 「ぷぷぷ」  けど、ほぼ笑ってるから。それ。 「……何?」 「だって、だってさ、佐伯君、あの人苦手なの?」 「は? 苦手じゃないですけど」  俺の返答に我慢しきれず、大笑いした。 「笑うことじゃないだろ。苦手じゃないし」 「だって、だって、すっごい顔に苦手ですって書いてあった!」 「書いてません」 「書いてあったって」  本当、誰だよ。ミステリアスな転校生って言ったの。普通に俺のことからかうんですけど。 「あのね、別に田中さんはっ」 「しかも、だって、あの佐伯君が」  どんな佐伯だよ。そんなに笑ってるとジュース零すよって忠告したら、それも可笑しかったのか、また笑った。ほら、ミステリアスの欠片もない。すぐに笑うし、笑う出すと止まらないし。 「怖いの苦手とか!」 「だーかーらっ!」  そして更に大きくなる笑い声。 「頑張って。応援してる!」 「いらないってば、その応援」  笑い上戸か! って、言ったら、また更に笑うしさ。もう最初の頃の印象なんてほぼ消し飛んだっつうの。 「なら、あげるよ。このチケット」 「えー……あー、いや、俺は」  笑いがピタリと止まった。そして、今度は俺がニヤリと笑ってしまう。 「よし。わかった。白崎」 「え?」  なるほど。 「一緒に観に行こう」 「は?」  確かに、苦手なものって顔に露骨に出るんだな。まるで書いてあるみたいに。ほら、白崎のほっぺたんとこに書いてある。 「これも水中での心拍数のアップダウン練習になります」 「はぁ? そんなんなるわけっ」  ホラー映画は苦手ですって、書いてある。 「俺は、白崎のコーチですから!」 「そっ、そんなん、関係ないじゃん!」 「コーチ命令です!」  白崎の綺麗なピンク色をしたほっぺたにしっかりはっきり書いてあったんだ。
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