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第12話 ホラー映画の展開ってさ

「出掛けるの?」  背後からお父さんに声をかけられて、ブーツのジッパーを上げる手が一瞬止まった。 「うん。映画観に行ってくる」 「あれ? だって、今日も同級生に教えるんじゃなかったっけ」 「あー、うん」  教えるよ。その、教える相手と映画観に行くんだし。 「夕飯は?」 「いらない、です」  映画観て、ブラブラして、そんで一緒に夕飯食べてから水泳レッスン。だからバスタオルとかも持ってて、ちょっと荷物は多め。 「気をつけてね」 「うん」  なんとなく顔を見て言えなかった。 「行ってきます」 「行ってらっしゃい」  別に同級生の男子と映画を観に行くだけの話。それがミステリアスって言われてた転校生で、今、俺が水泳を教えてる流れで、田中さんからもらったチケット、余らせるのもったいないからってだけで。ただそれだけなんだけど、でも、なんか見れなかった。  気恥ずかしかったんだ。 「……さぶ」  鼻先が冷たくなるから、ダウンジャケットのふわふわした内側に顔を埋めつつ、自転車にまたがった。漕ぎ始めると、最初はダウンの隙間を狙って侵入を試みようとする鋭い寒さに肩をすくめるけど、それもすぐに平気になる。  新春ホラー映画、お正月からゾッとしたい人集まれ、みたいな宣伝を何度か動画サイトで見かけたけど、その度にイヤホンを慌てて外してた。耳元でギャーとか叫ばれるなんて、絶対に無理だから。  本当は。  本当は、こういうの玲緒が得意なんだ。ホラー映画とか大好き。しかも和製ホラー。ゾンビとかも好きだけど、やっぱり背中がゾクッとする和製ホラーが一番なんだってさ。お化けサイコー! なんだって。だから、このチケットも玲緒にあげたら、きっと大喜びしただろう。でも、今回はそういうのとはちょっと違うからさ。 「白崎!」  待ち合わせた駅前に着く頃にはもうポカポカしてきてた。そして、白いコートに白いマフラーをした姿を発見して、ちょっとだけ緊張するっていうか、身構える。真っ白で綺麗だったんだ。でも、その格好には不似合いな大きめのカバン。その中には俺と同じように水泳に必要なものが入ってる。おしゃれをしてこれから一泊の旅行にでも行くみたいな格好だ。 「ごめん。待った?」  近くに行くと、白崎の鼻も頬も真っ赤になっていた。 「寒かったでしょ。とりあえず、建物ん中入ろう」 「あ、うん」  おしゃれ着、とかなのかな。水泳レッスンで昨日、一昨日って会った時も、俺が偶然道端で遭遇した時もモッズグリーンのコートだった。白い白崎はあの元旦以来、見かけてなくて、あの日のことを思い出す。けど、あの日と違って、もう俺は白崎が笑って拗ねて、人のことをからかって、ミステリアスなんかじゃないって知ってる。 「……なんか、佐伯君、いつもと違うね」 「だって、さすがにジャージじゃ、ダメでしょ」  俺はフワフワなファーがフードのところについたダークグレーのダウンジャケットに、黒のパンツに、ブラウンの編み上げブーツ。たしかにいつもよりはちゃんとしてるかもしれない。ほら、駅前で映画見るのに水泳の時の格好じゃあさ。デートなんてしたことないけど、それなりに誰かと出かける時くらいはちゃんとするよ。  白崎のじっと向ける視線が気恥ずかしくて、一回、ふいっとそっぽを向いた。そして、また、視線を白崎に戻す。  黒とか茶色とか、暗い色が並ぶ中で、ふわりと浮き上がってさえ見える白はどこか現実味がなくて、キラキラしてて、目が自然と明るい色を追いかける。 「白崎は」  今も、目が追いかけてる。 「白いの似合ってる」 「……」 「行こっか」  ジッと見すぎてしまいそうだから、俯きながら、とりあえず建物の中へ急いで入ることにした。 「お……」  今、上映している映画のポスターがズラッと並ぶを見上げ、二人して身構えた。新春アニメにラブストーリーに感動もの、あとアクション映画が二つ。どれも楽しそうだけど、特に俺はアクションのが面白そうかなって。でも、今日はその隣に貼られたおどろおどろしい映画を観るんだけど。 「これ、けっこう、すごいんだって。俺、ネットで調べちゃった」  ボソッと白崎が呟いた。 「調べちゃダメじゃん」 「うん……俺もそう思った。なんかね、血が一滴も出ないのにこの恐怖! とか、中盤で出てくる黒い塊を凝視してると」 「いいから! 言わなくて!」  俺も道ずれにしなくていいから! って、この映画に道ずれにしたのがそもそも俺だけど。 「と、とりあえず、観ちゃおう」 「う、うん」  そして、俺たちはまるで今からお化け屋敷にでも赴くみたいに、二人して、見えない何かに襲われる予感に身体を強張らせながら、映画館の中へと足を進めた。  映画の内容なんて別にわかんなくたっていい。きっと不思議なことが連続して起きて、おかしいなって思っている間に忍び寄る黒い影が、みたいな感じ。ゾッとして、ぞくっとして、最後はお化けの顔を見て声も出ないくらいにびっくりする。そんな展開。 (佐伯君! 来るよ!)  口元だけそんなふうに動かす白崎が肩をすくめて、目を見開いて、自分の着ていた白いコートをぎゅっと抱き寄せる。  スクリーンには主人公の女の子が訝しげな顔。それにつられるように、白崎も眉間にシワを寄せて、主人公が今から覗き見ようとしている部屋の扉をじっと見つめてる。息を飲んで、このあとにきっと何かあると身構えて、ドキドキしてる。  何もいなかった? そっと、そーっと扉を開けて、首を伸ばして中を覗き込んでも、部屋には何もない? 白崎がそんな顔をしてる。  ――今、たしかに、ここに。  そうスクリーンのほうから不安げな女の子の声が呟いて、白崎の表情も不安げで。息を飲んだ、その次の、瞬間、背後には。  ――きゃあああああああ!  いいんだ。  ホラー映画なんて大体同じ展開で、同じようにびっくりして、怯えて、ドキドキする。だから見てなくてもも大丈夫。 (こ、怖いぃ……)  だから、スクリーンじゃなくて、横目でチラチラと白崎の百面相を楽しんでいて大丈夫。ドキドキして、恐る恐る近づいて、ホッとして、びっくりして、恐怖して、また一休みして、びっくりして。そんなふうに瞬間ごとに表情をくるくる変える君を見てても大丈夫。見終わった後、すごかったね、あそこが怖かったねって感想を言い合う時も、とりあえず誤魔化せるよ。見てなくても、話の展開はわかるくらいに君が表情で伝えてくれるから。 (来る! ほら! 絶対にいるって!)  そう言って、口を結んで堪えてた。うん。たぶん、いるかもね。白崎がそこまで身構えるんだ、今度こそ、そこにお化けはきっといて、君のことを驚かせようと手ぐすね引いて待っている。 (っ!)  ほら、待っていた? 黒い影と主人公がついに対面した? 白いコートを抱きしめる白崎はとてもびっくりした顔をして、スクリーンを見つめていた。  俺は、そんな白崎を横目で、ずっと眺めていた。

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