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第13話 ミステリアスな転校生
ホラー映画って好きじゃなかった。でも、もしかしたらこれからは好きになるかもしれない。
「うーん……どれにしようかな。蟹クリームパスタも美味しそう。でも、カルボナーラも良さそう」
ただし、白崎と観る場合に限るけど。
シーンごとにあんなに表情を変える白崎が楽しくて、映画じゃなくて、隣にいる白崎のことばかり見てた。今だって、どっちもクリーム系パスタだけれど悩みまくって渋い顔をしている。
「佐伯君は決めた?」
「俺、ボンゴレ」
「あ、それも美味しそう。うーん」
「白崎君、まだですか?」
「もう! からかってるだろっ、待ってくださいっ」
玲緒とは違う感じだけど気さくで話しかけやすいと思う。ノリもいいよ。一緒にいて話題に困るわけでもない。映画が終わったら、その映画の話で盛り上がって、あそこが怖かった、ここでびっくりした、って話してくれて、俺はあんまりスクリーンのほうは見てなかったから、たまに適当に答えてた。映画が終わって、今いるファミレスまでの時間は一緒にブラブラして、その間も会話は途切れることがなく。あの皆が持ってたミステリアスな転校生のイメージなんてウソでさ、元旦の神社で遭遇した時の白い妖精みたいな雰囲気もなくて。
「決めた! 蟹トマトクリームパスタ!」
「トマトソースが追加されてる」
「うん。美味しそうだったから」
つまり、全然、どこにでもいる高校生じゃん。
謎なんてなくて、全部顔に出ちゃってる。思っていること全部が。
だから映画のラスト、主人公がお化けとついに対面した時の白崎の表情とかすごかった。主人公の周囲につきまとっていた黒い影は、あのお化けの正体は自分だったっていう驚愕の事実に本当に驚愕してた。
ずっと見てた。
「佐伯君は? 本当にボンゴレ? 決めるの早いね」
「伊都でいいよ」
店員さんを呼ぶためのボタンを押して、しばらくしてやってきた店員さんを目で追いかける白崎の横顔を。お店の中は少し暑苦しくて、コートは脱いでるけど、頬だけがやたらと熱くてのぼせそう。白崎もスッと通った鼻筋も長い睫毛も大人っぽいっていうか綺麗なのに、頬だけ真っ赤になってて酔っ払いみたいだ。酔っ払ったことはないけれど。
「え?」
今は戸惑った顔をしてた。
「みんな、伊都って呼んでるし」
「……伊、都クン」
「うん。クン、なしで大丈夫」
今度はちょっと困った顔。
「い、伊都」
「うん」
そして、はにかんだ顔。見られると恥ずかしいのか俯いてしまった。
「ご注文はお決まりでしょうか」
「はい。ボンゴレひとつと蟹トマトクリームパスタください」
そんな白崎が。
「あ! あと、ドリンクバーをふたつ!」
思い出したように慌てて顔をあげて追加を頼んでくれた。
「って、頼んでいいよね? あの」
「うん。頼もう」
「あ、の……伊都……」
「うん」
口を真一文字に結んで真っ赤な頬をして、照れて言いにくそうに、でも俺のことを伊都って呼ぶ白崎のことを。
「日向(ひなた)」
「!」
名前で呼んだ。そしたら、耳まで真っ赤になった。瞬間で沸騰する白崎のほっぺたっていうか、今回は耳まで。本当に思ったこと全部が顔に出るから、今思ったことも全部その赤いほっぺたのところに書いてある。めちゃくちゃ照れてますって。苗字をクン呼びだったのが、急にレベル上がって名前のクンなし呼びなんて、難易度すごい高いですって、書いてある。その表情が面白くて、笑っちゃった。
「なっ、なに? い、いい、伊都っ」
「んーん、なんでもないよ。日向」
「!」
もう一度名前で呼ぶと、また首のところまで真っ赤になって困るから、そんな日向のことを、同じ男なのに。
「日向」
「!」
名前で呼ぶ度、律儀に反応してくれる日向のことを、可愛いって、そう思った。
「はぁ、腹いっぱい」
溜め息が冬の空にふわりと浮かんだ。
「うん。俺も、お腹いっぱい」
僕……日向には、俺よりも「僕」って呼ぶ方が似合う気がしてた。綺麗な顔してるけど、でも中身はちゃんと男子高校生で、それがたまにすごく意外っていうか驚くっていうか……ギャップっていうか。
いきなりぼそりと俺が「僕」と呟いて、その呼び名が似合いそうな日向がじっとこっちを見つめてる。そのピンク色の唇から綿飴みたいな吐息が溢れる。
「ほら、日向って、なんか僕って自分のこといいそうじゃん。綺麗っていうかさ」
「……」
「気分、悪くしたらごめん」
みんながチラチラと噂するミステリアスな転校生なんて印象はもう欠片ほども持ってない俺は、言うのを躊躇ったんだ。俺だったら、男なのに綺麗とか可愛いとか言われたってさ、って思うから。同じ男子高校生の日向もそう思うだろうって。でも、やっぱり言いたくて、言ってしまった。
「ううん。平気」
「でも、今は、日向は俺って呼びそうって思うよ。前の、その話す前の日向の印象は僕って感じだったなぁって」
たった数日前の話だけれど、あの元日に持っていた日向への印象が少し懐かしくて、懐かしいことが嬉しくて。だから、こんな帰り道、自転車を押しながら歩く夜の道も寒くない。むしろ、あたったかいっていうか、もう少し長くてもいいかなって思ったりして。
「おっ、俺はっ、伊、都が、噂のまんまだったことが意外っていうか、なんていうか」
「俺の印象?」
コクンと頷くと、日向の目元を隠すほど長い前髪が揺れた。
「明るくて、気さくて、優しくて、爽やかで、そんで、かっこいいって」
「うわぁ、それ、めっちゃレベル高い」
「うん。そんな奴いないって思った」
「……」
「思ってたけど、いた。それに、伊都の印象がくるくる変わるんだ」
それは日向のことじゃん。大人しい綺麗な感じで、話しかけにくいのかと思ったら、話しやすくてさ、話してたら、今度はやっぱり綺麗だなって思う瞬間とかもあって。
「だって、駅四つ分、気がつかずに走るんだよ? お財布もスマホも持ってないし。しっかりしてそうで、しっかりしてなくて」
そういうとこ、お父さんに似たのかも。お父さんしっかりしてるけど、しっかりしてないから。睦月がいっつもふわりと背後からフォローしてあげる感じ。
「でも、やっぱ、女子が言ってたみたいにかっこいいし。だから、ちょっと驚いたっていうか」
モテるかどうかなんて知らない。誰かと比べたこともないし、自分がかっこいいと思ったこともない。睦月のほうがよっぽどかっこいいし、爽やかだし、お父さんのほうが優しくて明るい。
初めてかもしれない。
誰かにそんなことを言われたら、きっと俺は「そんなことないよ。ありがとう」って答えたと思う。玲緒がどんなに褒めてくれたって、俺は大概聞き流してた。だって、あの二人を身近で見てたら、そんな褒め言葉を鵜呑みになんてできないじゃん。
でも、今は、聞き流さなかった。
「あと、い、伊都の、めちゃくちゃかっこいいとこが、その、すごいやばいって」
「……」
「泳いでるとことか、ハンパないって ……女子が、言ってた」
今は、日向がくれる褒め言葉を耳を澄ましてまで聞いてる。
「……見る?」
自慢になんてしないよ。普段は。そんなんしたらイタイ奴じゃん。それに自分をそう思ったことないし。
「マジ泳ぎ、してるとこ」
「!」
「って、かっこよくないよ。普通に泳いでるだけだし。ハンパないどころか、ハンパなく普通だと思うけどさ」
けど、今は、かっこよかったら嬉しいと思ったんだ。
「見たい!」
君にかっこいいって思われたいと、そう、思った。
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