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第24話 二つの気持ちにつく名前は「
「……日向?」
肩で息をしながら俺の手を掴んでるけど。
「え? なんで? あいつは?」
日向のところに真剣な顔で真っ直ぐ戻って来た、日向の好きな人は? なんで? ここじゃなくて、あっちにいないといけないのに。
「なんでって。だって、俺、伊都と一緒に買い物してた」
「なっ」
なんでそんなところまで生真面目なんだよ。そこまで律儀になんてしなくていいんだ。
「何言ってんだよ。日向! せっかく……」
俺の手を掴む日向の手が更に力を込めた。強く払わないと振りほどけないくらいに強く。
「日向、早く戻らないと。大丈夫だから。あいつはただ怖がってただけで、もう平気だから。ゆっくり話せば、日向の気持ちを受け止められるよ。もう前みたいなことは……」
もう片方の手も添えて、この手を離すことは不可能なくらいに引っ張られる。
「あいつは、きっと、日向のこと、好きだよ……」
何してんの? 日向? せっかく戻って来てくれたのに置いてきたりなんかして。せっかく、両想いになれるのに。なんで、友達の俺のところに来るんだ。
「俺は、伊都といたい」
「……ぇ、ひな、」
「伊都と! いたい!」
はっきりとそう宣言して、またぎゅっと俺の手を両手で握り締める。
ねぇ、そんなことしなくたって、好きな人の手を払うなんてことできないよ。この手を掴みたくなるから、さっき慌てて離れたくらいなんだから。二人が仲良く話すところを見たくなくて俯いて、急いでその場から逃げるように立ち去ったくらいなんだから。手を振りほどくわけがない。
「日向……」
君と手を繋いでいられたらと願ってるくらいなのに。
「好き、だったよ」
ポツリと、日向が呟いた声はとても小さくて、駅前の混雑した中じゃ聞き取れなさそうなのに、ちゃんと聞こえた。そして、ほんの少し芽生えてしまった、淡い、とても淡くて微かな期待を急いで胸の内に押し込む。
――もしかして。
そんな言葉を慌てて奥深くにしまうのに、耳は君の声を聞こうと必死になってる。
「角田君のこと好きだった。だから、さっきごめんって言ってもらえて、仲直りした」
もっと怒ったっていいことだ。自分を好きだと言った日向ひとりを置いて、責める側にまわった奴なんて。すごくひどいことをされたんだ。非難していいよ。悲しい気持ちにさせられたんだ。怒っていいよ。でも、それをしなかったのは好きだからだろ? なのに、買い物の相手は俺だから、なんて理由で仲直りの先に待ってる恋を放り出すなんてことして。
「いいんだ」
「でも」
「もう、仲直りしたから、それでいい」
「日向」
「買い物……続き、しよう」
でも、その買い物だってもう必要ないだろ? 水着は買わないでも大丈夫、トレーニングウエアも別に特別揃えなくていいって、さっき話した。それに今日はもうスイミングいいからって、言った。
「伊都と、買い物しに来たんだから」
日向が俯いて、小さな声でもうしなくていい買い物の続きをしようよってせがんでる。耳が真っ赤だった。ダッフルコートを着ててもわかるくらい華奢な肩を竦めて、俺の手を掴んでる両手が力んでる。
「日向……」
まるで、欲しいものを目の前にして動こうとしない子どもみたいに。
でも、違うかもしれない。日向の欲しいものが俺の期待していることと同じ、なわけない。だから、心臓、静まれ。躍るな。
「伊都が……」
あったかい手。きつく握ってるのに柔らかくて、白いはずなのに、指先はピンク色してて、さっきまで冷たかったけど、今は離したくなくなるくらいにあったかい手。
「さっき、伊都が自分はゲイだって言ってたのさ。伊都はすごく優しいから、俺をかばうためにそう言ってくれたんだって。そんな都合のいいことがあるわけないってわかってるんだけど。でも、本当にそうならいいのにって思った」
この手で日向が掴みたいものと、この手を掴んで離したくないって思ってる俺の願いが、一緒だったら。一緒だったらいいのに。
「そんなわけないのにね! うちのクラスにも伊都のこと好きな女子いる。よく話してるのを聞いてた。何人にも告白されてるけど、皆断られてるんだって。どんな子が好かれるんだろうって。その子が羨ましいって。俺も……その……」
今、日向はどんな顔をしてるんだろう。俯いててちっとも見えないけれど、耳が真っ赤だから、きっとほっぺたも真っ赤なんだと思う。見たいなぁって思った。顔、上げてくれないかなって。
「日向」
「……」
でも、呼んでも顔を上げてくれない。ただ、この手を振りほどかれないようにって温かい両手が俺を強く掴んでる。
「日向」
顔、見せてよ。今、どんな顔してるのか、見たいんだ。君は笑った顔も、怒った顔も、拗ねてむくれた顔も、あれもこれも全部すごく可愛いから、見せて。
「俺は、ゲイだよ。いや……ゲイ、とは違うかな」
「……ぇ?」
君がようやく顔を上げてくれた。
「日向のことが、好きだ」
「……」
思っていたとおり、耳と同じにほっぺたを真っ赤にして、今にも溢れて零れそうなくらい涙を溜めた瞳は綺麗で、唇は美味しそうなピンク色をしてた。もっと、その瞳を見たくて、前髪に、まだ捕まえられてないもう片方の手で触れた。
「恋愛対象は……男なのか、女なのか、わかんないけど」
やっぱり心地いい柔らかい髪。
「好きな人が男だったら、ゲイになるのかな」
「……ぇ」
君がこの温かい手で離したくない気持ちと、君に触れたいって思ってる俺の気持ちに同じ名前がつくのだったらと、願った。
「日向が好きだ」
「……」
二人の気持ちに「恋」って名前がつけられたらって。
「好きだ」
「っ」
ごめん。泣かせるつもりじゃなかったのに。君の長い睫毛に留まって、溢れずに溜まっていた涙がポロリと赤い頬を滑り落ちた。
「ウソ……」
「ウソなわけないじゃん」
「だって、伊都はっ人気あって、女子がたくさん」
「日向が好きだよ」
また涙が一粒。その頬が赤く染まってる。濡れた睫毛はすごく繊細で、触れたらどんな心地がするんだろうって思った。
だから、触れた。
その涙を溢させてしまったのが俺だから、そっと、腫れたり擦れて痛くなってしまわないように、そっと触れて、拭った。長い睫毛は柔らかくて、ちょっとくすぐったい感じがした。
「あのね……伊都」
日が暮れて寒くなってきたみたいだ。
「俺も……」
日向の唇から溢れる吐息が白くなってた。拭ってあげたあと、君の瞳から涙は溢れなくなったけど。頬は真っ赤なまま。俯きがちな瞳は潤んだまま。
そんな日向を見て、抱きしめたいと思った。大事に、大切に、君が触れるもの全部をあったかくて柔らかくて優しいものばかりにしたいって、思った。君のことを宝物にしたいって思う。きっとこれが「愛しい」っていうこと。
「俺も、伊都のこと、好き、です」
まるで白いマフラーに囁くようにそっと告げて、それから、ちらっとこっちを見上げる日向にドキドキした。触れたいって思った。君の声を聴きたいって、隣にいたい。
「好き、です」
「……」
「好き」
三回君に好きと告げたら、三回、君も同じ言葉を俺にくれた。そして、繋いでいるお互いの手の中が真冬でも手袋なしでかじかまないくらいにあったかくなる。
俺たちが繋いだ手の中で「恋」があったまってる。
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