君のことを大切にしたいと思った。君のことを好きになって、君を守るためならなんだってできる気がした。友達のままでもかまわない、泣かせたりしないって思ったんだ。 　 「なんか、嘘みたいだ……伊都に好きになってもらえるなんて……嬉しくて、どうしよ。困る」 　日向を守れる強い男になりたいって思ったけど、君が真っ赤になって困ったように目を伏せて、そんなことを呟くだけで、全身から力が抜ける。へなちょこだ。 「デート、だったんだ」 　ぼそっと呟く日向のことを抱き締めたくて、でもここは駅前だから、俺はひとり我慢大会みたいになってて。 「伊都と一緒にいたくて、スイミングで使うものを選んでほしいなんて言った」 「……」 「ごめん」 　我慢大会にも即負けそうなくらい、へなちょこだよ。 「い、伊都っ？」 　思わずその場にしゃがみこむくらいに、腰に力なんて入らなくなる貧弱っぷりで、自分でも驚く。君のために最強の男になりたいのに、君のくれるたった一言で最弱になる。 「伊都っ？　あの、ごめん。やっぱ、そのっ」 「違うから」 「……」 　泣きそうな顔しないでよ。好きと言われて困ってるんじゃないから平気。怖がらないで。 「すごく、日向のこと好きなんだ」 　恋って、なんか、変なの。 「嬉しすぎた。ずっと日向は前の学校のあいつを好きだと思ってたから。俺こそ、今、嘘みたいで」 　世界一大切にするから。君のことを守るためならなんだってできると思うのに。そんな君が。 「俺こそ、嘘みたいだよ。伊都に好きになってもらえるなんて。嬉しすぎて顔緩みっぱなしだもん」 　そんな君が笑うだけでノックダウンＫＯくらいのダメージを食らうんだから。 「俺のこと、好きになってくれるなんて」 　そう笑う君から目が離せなくて、しばらくしゃがみ込んだままそこから動けなくなるんだから。 　去年の夏、転校してすぐに聞いたある噂がきっかけだった、「親がゲイなんだって」、その一言。隣のクラスにその噂の人物がいると知って、どんな人なんだろうって。 「ちょっと覗きに行ったら、びっくりするくらい楽しそうに笑ってた」 　両思いになって初めての外食はカレー屋で済ませた。もっとオシャレなとこじゃなくていいの？　って、日向に聞いたら、今、何食べてもきっとご馳走になるから、普通がいいって。普通でも充分すぎるくらいに嬉しいからって。 　俺も、ずっと嬉しくて、今なら激辛五十倍みたいなカレーも平気な顔で食べられる気がするくらい、頭の中が浮かれてて、日向しか見えてない。 　その証拠に、カレーを食べ終わってからもずっと身体があったかくて、スイミングに行く道も、ゆっくり歩いてるのに、寒さなんて少しも感じない。 「ちっとも深刻そうじゃなくて、普通だった」 「……」 「すごいって思った」 　日向にとって噂になったことは耐えきれない痛みで辛いことでしかなかったけど、そこにはそんな痛さはこれっぽっちもない。その強さが羨ましかった。 「そこからずっと憧れてた」 「俺に？」 　コクンと頷いて、柔らかく吐き出す息がふわりと夜に混じっていく。 「水泳がめちゃくちゃ上手で、かっこいい。あと、女子にめちゃくちゃ優しい」 　俺は連打で繰り出される褒め言葉に気恥ずかしさを感じて、だらしなくにやけそうになる口元をどうにかして引き締める。 「伊都とこうして話すようになってからはさ。うちのクラスの女子が伊都のことたくさん話してるその会話に混ざらないけど、ずっと心の中で頷いてた。伊都、自覚してないみたいだけど、ホント、モテてるから」 　そんなこと言われても、知らないよ。そんな怒った顔してこっちを見上げても、冷気に晒されて赤くなった鼻先が可愛いなって思うだけだよ。 「知ってるんだ。俺が転校してきてから、二人、告白っぽいのしたでしょ」 　そうだったかな。ひとつはラインで、それとなく好きな人とか付き合ってる人とかいるの？　って、訊かれたけど断った。もうひとつは一個下の子。その時も丁寧にだけど、やっぱり断った。 「どっちも振られたって」 　でも実は、三人だよ。日向と初めて話した元旦に、同じクラスの女子に告白されて、それも断った。仲良かったけど。話しもすごい合って、楽しかったし、可愛いとは思うけど。 「モテるって……」 　日向がじっとこっちを見つめてる。俺はちらっとそっちへ視線を向けて、ちょっとだけ笑ってから、前方へ視線を戻した。この辺は街灯が少なくて真っ直ぐな道で結構なスピードで自転車が行き交うこともあるから、危ないことがないようにと、目を凝らす。 「日向、寒くない？　もう着くよ」 「平気だよ。なんか、ポカポカする」 　君が呟く「ポカポカ」っていう単語すらすごく可愛いと思った。 「モテてても、たくさん告白されても、関係ないよ」 「え？」 　君の見せてくれるひとつひとつの小さなことがたまらなく愛しくて仕方がない。 「好きな人はひとりだけだから」 「……」 「そんで、その人にだけ好かれたいんだから」 「……」 　視線を日向へ向けた。 　そこには鼻先だけじゃなくて、ほっぺたも、耳も真っ赤にした日向が俺だけを見つめて、瞳を潤ませてる。その表情に胸のところがぎゅっと締め付けられて、また好きっていう気持ちが一回り大きくなった気がした。そのうち外に溢れるかもしれない。ちょっと暴れたいくらいだったから、ようやく着くとふぅと溜め息をひとつ吐いた。泳いで発散させたいほど、ここまでの散歩道で何度も日向への気持ちが膨らんだんだ。 　スポーツジムの中に入ると暖房の暖かさが染み込んだ室内を少し暑いと感じるほどたしかにポカポカしてた。スタッフに挨拶をしながら更衣室へ。周りはいつもと変わらずだけど、俺らの中は劇的に変化しててそれがなんかこそばゆかった。 　俺らがたった数時間前に両思いになったことなんて誰も知らない。 　けど、俺たちはお互いを意識しながら、今までなら平気なフリをしていられたものを、もうフリもできずに、ぎこちなく背を向けて見ないように努めながら着替えたりなんてして。 「あ、どうしよ。伊都」 「んー？」 「俺、今日、色々買い揃えるしって思ってたから、水着の上に着るの持ってないや」 「あ、じゃあ、俺のジャージいいよ」 「うん。ありがと」 「…………あ！　待っ」 　慌てて止めようとした。フロントのあるフロアにトレーニングウエアとかちょっとだけだけど売られてるから、買ってくるって慌てて着替えを止めさせようとしたけど。 「伊都？」 　もうすでに遅かった。 「い、伊都っ？」 　俺に自覚したほうがいいっていうけど、それ、日向のことだよ。 「大丈夫っ？　なんか、どっか、痛い？」 「あのさ、日向」 「？」 　本日二度目のしゃがみこみ。 　それを追いかけて、そして、俺の息の根を止めようとする日向。君のために誰より強いヒーローになれる気がするのにさ。 「それ、めちゃくちゃ可愛いから、ホント……」 「！」 　君の萌え袖にイチコロだ。 「こっ！　これはっ！」 　言われて、頬を真っ赤にして焦る君に、俺は簡単に失神ノックアウトされる最弱ヒーロー、かもしれない。