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第28話 君が初恋

「朝、玲緒君が来たんだ」  一緒に帰りながら、俺の知らない間に玲緒が刺した釘のことを話してくれる。今日も寒がりな日向はマフラーで口元まで隠してて、もっと寒くなったら、そのうち顔が全部隠れちゃうんじゃないかって思うくらい。 「すごい怖い顔して。伊都と付き合ってるのかって」  見えないけど、その目元は嬉しそうに笑ってるのがわかる。 「優しいね、玲緒君。まず最初に、ゲイとか差別はしてないからねって、怒った顔で言ってくれた」 「怒って?」 「うん。俺のこと、気に食わないですって顔」 「それ……優しい?」 「優しいよ。すごく、優しい」  日向にそこまで言われる玲緒がちょっとうらやましかったりして、そんな自分に呆れる。さっきから、マフラーで隠れた口元を意識して、昨日、その唇とキスをしたんだとか思ってみたり、ゆっくりと日向が自分のペースで話す間、前を向いている隙にじっくり横顔を観察したり。  君の事ばかり考えてるから、玲緒にヤキモチも仕方ないっていうかさ。 「伊都のこと、すごく大事にしてる」 「……」 「だからね、伊都と中途半端な気持ちで付き合うんなら、絶対に阻止するって、言われたんだ。本気? 男同士で付き合うっていう覚悟、あんの? 本気じゃなかったら、ぶっ飛ばすからって」  あいつ、本当に釘刺してるし。しかも俺のこと素通りで先に日向のとこまで言って、何、脅してるんだよ。そんで、俺には知らないフリして。  去年の夏、転校してきてからの様子見てれば、儚げなんだってことくらいわかるだろうに、それじゃ、日向が――。 「だからね、俺は言ったんだ」 「……」 「中途半端なんかじゃない! って、ちょっと大きい声で言ったから、玲緒君を驚かせちゃったよ」  日向は。 「本当に好きだよ! 本気じゃなかったら、伊都に、めちゃくちゃ素敵な伊都に、こんな覚悟がなくちゃいけないような恋愛させない! って、言った」  冷たい風が吹いて、けど、日向が顔を上げた。マフラーに埋めていた口元は優しく微笑んで、前だけを見る瞳は真っ直ぐで凛としていた。  そうだ。だから、好きになったんだ。日向は優しくてあったかくて、柔らかいけど、芯がある。好きな人を守ろうとする強さがある。そんな日向だから好きになった。  玲緒はきっとそれがわかった。  俺が日向を好きになった理由。そして、日向となら、きっと大丈夫って、いう確信、みたいなの。 「だから、ご挨拶したいって思ったんだ」 「……」 「早いかも、あと、ちょっと重い? シリアスすぎる? とか、色々悩んだんだけど、でも、伊都のこと、大事にしたいんだ」  それにそうしないと玲緒がダメと言ってさらっていってしまいそうだったからと笑ってる。吸い込まれそうなくらい白い肌が綺麗で、その笑顔が明るくて眩しくて、ドキドキする。 「っていうかさ、伊都って、そのっ」 「?」  君が今度は真っ赤になって困ったように眉を寄せた。 「あのっ」 「日向? どうしたの? 急に」 「えっと……玲緒君が言ってたんだけど、伊都の、初、恋って」  日向が耳まで真っ赤にして、俯きがちにぽつりと呟く。さっき、背筋を伸ばして、俺のことを大事にしたいって、言ってくれた凛としたかっこいい日向が、今ははにかんで、ごにょごにょしてる。 「ようやくって思ったら、その相手がまさかの白崎日向! って、言われた……んですけど、昨日もそう、言ってたけど、その、本当に? あの、クラスの女子でもなんでも、あの」  ねぇ、そんなに俯いてたら、前に電信柱があっても、壁があっても、気がつかないで衝突するよ? しないけどさ。君が転びそうになったら、隣の席に居座ってる俺がすぐに倒れないように手を伸ばすから。 「……そうですけど? 言ったじゃん」 「!」  口を開けて、鯉みたいにパクパクさせて、でも日向は綺麗で可愛いから、鯉じゃなくて、熱帯魚かな赤い綺麗な熱帯魚。 「日向が俺の初恋ですけど?」 「!」 「初めて好きになった人ですけど?」 「っ!」 「俺のファーストキスあげた人ですけど?」 「なっ」  あ、やっと声を出した。可愛い澄んだ優しい声。 「うちのお父さん達、すごいラブラブなんだ」 「らっ」 「すごいよ。好きオーラ。だからかな。なんとなくとかで付き合ったりとかできなくてさ」  まだちゃんと話せないくらいにうろたえてる、真っ赤になった俺の初恋の人に追い討ちをかけるように、少しかがんで耳元で、こっそりと教えてあげたんだ。 「だから、好きですって、告白するのは、本当に、本気で好きになった時って、思ってた」  日向は、もうマフラー取ってしまったほうがいいよ、のぼせるよ? って言いたくなるくらいに、ほっぺたも全部、真っ赤にして困ってる。綺麗で、かっこよくて、今はたまらなく可愛くて、クルクル表情を変えるんだ。  だから俺は目を離せない。ずっと隣で見つめながら日向の表情ひとつひとつにはしゃいで笑っていた。  すぐに帰っても、まだ誰もいないと思うって話したら、ご挨拶前におうちに上がるわけにはって、言われてしまった。  もう一回お見舞いで来てるじゃんって、言ったら、それとこれは別なんだそうで。 「あ、日向、俺、この漫画好き」 「え? それ?」 「うん」  もとから真面目だけどさ、でもその真面目度数がなんか上がってる。きっと玲緒のせいだ。玲緒が覚悟とか本気とか言うから、日向が真面目通り越して生真面目になった。 「でも、それ……サッカーだよ?」 「っぷ、俺って、日向の中でどのくらい水泳好きになってるの?」 「え? どっぷり?」  サッカー漫画だって読むよ。 「あのね、俺だって普通に高校生なんで」 「えぇぇ? 全然普通じゃない」  サッカー漫画も読むし、恋愛だってする。って、まぁ、恋愛に関しては初めてだけどさ。 「かっこよくて、真っ直ぐで、強くて、優しくて、笑顔がドキドキする感じで、でも、真剣な顔とかもドキドキするしで」 「……」 「モテモテで……って、伊都」  水泳ばっかしてたし、水泳は大好きだけど、でも、サッカー漫画も歴史もの漫画にも興味がある、好きな人に褒められて照れて真っ赤になる平凡な男子高校生だよ。 「伊都、真っ赤になってる」 「! あのね! これはっ」 「なんか、可愛い」  そう言って笑う君が何より可愛いですって、文句を言うのも忘れて見惚れる、恋をしている普通男子高校生だよ。

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