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第31話 親友なんだから

 睦月が車で送ってくれた。暗い後部座席に座る日向の唇とか見つめちゃいそうで、俺は隣に座って窓の外をずっと眺めてた。  帰りは睦月とふたり。  睦月に色々見透かされそうで、普段ふたりで車に乗る時は助手席にいるけど、俺は後部座席にそのまま居座っていた。 「っぷ、くくくく、あははははははっ」  昼休みになった途端、教室で、一気に溢れる雑多なおしゃべりの声にも負けないくらい、玲緒がお腹を抱えて笑ってる。どうだった? って、にんまり笑顔で、俺のことを廊下へ連れ出して。 「……笑いすぎ」 「だって、だってだって、だってさぁ」  日向のことはたぶん認めてくれたんだと思う。親に紹介した。日向が挨拶のできるしっかりした子だって褒められてた。そう話すと、よかったじゃんって、俺の肩を自分の肩でどついて笑っていたから。 「だって、あの、いつも涼しげで余裕ある感じの伊都がっ!」 「……」 「カッコいいとか思ったことないし、別にそんなの気にしない……なんて言って、フラットな伊都がっ!」 「……それ、俺の真似?」 「泳ぐのだって、楽しいからなだけだし、別に……なんて、男子高校生らしからぬ、小学生の頃からまっすうううぐ育った伊都がっ!」 「……だから、それ俺の真似?」 「真面目すぎて、男子高校生らしく悩んでて、笑えるーっ!」  ケラケラとよく笑う。っていうか、人が、親友が、真剣に悩んでるのに、そんな腹抱えて笑うなよ。 「仕方ないだろっ!」 「ぷくくく」  だって、初恋なんだ。わからないっつうの。付き合って、キスして、キスしたら、なんか好きが増したんだ。日向の近く、あそこまで近いところにいくと、なんか優しい香りがするとかズルいだろ。近くにいっちゃうじゃんか。そんで、いけば……さ。好きな奴を目の前にして、清々しく微笑むなんてできる訳ない。そこまでの余裕も経験値もない。 「切羽詰った顔しちゃって」  そんな顔をしてるらしい。 「しちゃえばいいじゃん」 「は? は、はい?」  声がひっくり返った俺も玲緒にとっては意外らしく、また笑った。 「伊都は大事にするでしょ」 「……そりゃ」  するよ。大切にする。大事にしたい。だから、困ってるんだろ。手順とか、ステップアップ? みたいなのをするのにダッシュはダメかなとか。もっとゆっくりじゃないと怖がるかな、とか。 「大事にするのなら、したいことしてもいいんじゃないって思うけど」 「……あのな」  男同士の、そういうことのやり方なら知ってる。睦月達には訊いたことないよ。さすがにそこは真っ直ぐには訊けないエリアだ。けど、まぁ、色々ネットで知ってる。そんでそういうことが受け入れる側にとって、身体への負担になることも知ってるから、戸惑うんだろ。初心者だし。 「まぁ、色々あるよね」 「……」 「でも、一番大事なのは、気持ちなんじゃない? 向こうが、伊都とそういうことをしたいんだったら、いいんじゃない?」 「……」  日向が、俺と――。  そういえば、昨日、キスしてたら、何か言いかけてた。  ――あの、伊都、あのね。  あれは、何を言おうとしてたんだろう。睦月が車で送るからって呼ばれて、その続きは聞けずじまいだったけど。 「好き同士なんだからさ。伊都がしたいことと、向こうがしたいことが、一緒なら、ぁ、いた! おーい! 日向!」 「!」  びっくりしたのは俺と、そしてちょうど廊下に出てきた日向だ。 「お昼ご飯、俺も一緒だったら、おかしな噂にはならないでしょ?」 「……玲緒」 「親友の初恋だからね。そりゃ、手伝うよ」  日向が教室の出入り口のところでぽかんとしてた。昨日、怒り口調で自分に詰め寄ってきた玲緒が笑顔で手を振って、駆けて行くんだ。細い肩を竦めて、何がどうしたんだろうって、固まってた。まるで道端で急に飛び出してきた犬に驚いてフリーズした猫みたい。 「ね、一緒に、お昼食べようよ」 「……ぇ、あの、でも」 「いいからいいから。日向は購買?」  しかも「転校生」じゃなくて「日向」って、ちゃんと名前で呼んでる。 「あ、お弁当」 「そっか! そしたら、一緒に食べようよ。俺と伊都は購買だから、とりあえず、一緒に購買寄って」 「ぁ、あの、伊都?」  玲緒はそういうところがある。俺の時も、そうだったっけ。ひとりっこだし、小一の夏から通い出したスイミングの夏季合宿、数日、スポーツクラブに泊まってスイミングしたり、バーベキューしたり。でも、いるメンバーはすでにスクールに通っている子ばっかりで、睦月の紹介で特別に入れてもらった俺はあんまり馴染めてなかったんだけど。っていうか、最初、馴染めそうになかったんだけど。  ――伊都! 一緒に泳ごうよ!  そう言って、俺を引っ張ってくれた。今も、ずっと。 「あ俺……」 「いいよ。一緒に食べよ? 玲緒がうるさいかもだけど」 「はぁ? 親友の俺にひどくない?」 「……ぁ、あの、でも、俺、クラス違うし、伊都も、その」 「いいんだ。伊都ほっといていいから、俺が一緒に食べたかったんだ」  玲緒は俺のことを真っ直ぐっていうけど、そうじゃない。俺が真っ直ぐでいられたのは、玲緒が隣でフォローしてくれてたからだ。 「伊都の面白いエピソード、かなり持ってるからね」 「ぇ、伊都の?」 「そう。まずはね……川で飛び込んで」  親友だからさ。 「ちょ! おい! 玲緒! それはっ」  なんでも話してるし、なんでも知ってる。 「川で、伊都、どうかしたの?」 「それがさ」 「おい! 玲緒!」  だから、さっき、昨日のことを話した。  初めてこんなに好きになった。好きな人は大事にしたいのに、抱き締めたら力いっぱいになりそうで、華奢な日向のことを壊しそう。それに、付き合ったばっかで、手繋いでデートして、キスして、もっと近くにいくのだって、早くない? 別にそういうこと目的じゃないのに、でも目の前にすると、触れると、止められない。  大事なのに、大切なのに、大切にできない。  初恋だから、全部下手で、全部カッコ悪くて、嫌われやしないかって、心配になる。 「ええええ? そんなの、大変じゃん!」 「でしょ?」  その川で起きた当時の俺にとっては大事件。今じゃただの笑い話。今思い出すともう頭抱えたくなるっつうのに。川で遊んでたら滑って転んで、パンツとズボンとビーサンは脱げるわ、俺も流されかけるわ、ノーパンで待つこと数十分、パンツとズボンとビーサンを持って現れた玲緒と睦月に助けられ、そんでめっちゃ説教された。  そんなの暴露されて、日向に嫌われたら。 「話すなよ、玲緒」 「いいじゃん。日向になら」  日向はそんくらいで嫌いになんてならないよ、そう言いたそうに、玲緒が笑った声が廊下に響いてた。

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