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第36話 ズルいのは、君

 君に好かれていたくて大人のフリをした。  人員埋めのためだろうがなんだろうが、睦月に行かないか? って言われた時、ぴょんぴょん飛び上がって喜びたかったし、その時、真っ先に頭の中に浮かんだのはスケートができるとかそんなんじゃなくて、日向とずっと一緒にいられるってことだけだったけど、カッコ悪いかなって。子どもっぽいとこを隠せそうにないから、「別に無理そうならいいんだ」、なんて余裕ぶったりなんてした。  けど、そんな余裕なフリが日向を不安にさせてた。  必死に隠して繕って、装った冷静さが、日向にはつまらなさそうに見えて、自分とは一緒にいたくないのかもしれないなんて不安にまでさせていた。  だから、もう冷静になんてならない。  そう決めた途端にそんな可愛いこと言われて、クラクラする。 「待ってて」  一度、ベッドを離れようとする俺に不安そうな顔をした。だから、その額にキスをして、カバンの中から、用意してきたものを持ってきた。それを見て、日向が真っ赤になった。 「あ、伊都……」 「必要でしょ? するんなら。だから、持ってきた」  ひとつは男女でも必要なもの。もうひとつは、男同士だと必要なもの。 「したかったよ。すごく。できたら、この旅行の間に、とか狙ってたし」 「……」 「本当はもっとカッコよく、ムードとかある感じでって思ったんだけど」 「ううんっ! そんなことない! 全然! あの」  日向が俯いた。その手が俺の服をきゅっと掴んでる。 「……嬉しい。……伊都が、したくなっててくれて」 「……」 「男同士って、思って、用意してくれたの、めちゃくちゃ嬉しい」  したかったよ。好きな人と、したいと思うに決まってる。 「俺、初めてだから、あんまそういうこと言って煽らないで」  キスだけじゃなくて、もっと君と――。 「ン、伊都……っん」  ベッドの上に一緒にぺたんと座って、キスを交わした。触れるだけのじゃないよ? ちゃんと濡れた音がする、やらしくて、キスっぽくないキス。角度を変えて、唾液が溢れるくらいに君の唇を開いて舌を絡ませてた。くちゅくちゅって響くと興奮して、止められない。  すごいがっついてる。日向が肩で息しちゃうくらいの激しいキスをどうにか止めて、ひとつ溜め息を零して、日向の額に額でままた触れる。 「……暴走しそうになるから」 「伊、都……」  ほら、君が俺の名前を呼んでくれただけれ、体温が一度上がる気がする。ごくんって息を飲んじゃうくらい、ドキドキしてる。君は、ものじゃない。でも、俺だけのものにできるって思っただけで、おかしくなりそう。日向の服の下に潜り込む手が、ずっと触れたかったって、緊張してる。 「あ、あの、伊都っ」  その手を日向の手が遮って、止めた。 「……何?」  ぎゅっと握って阻止されてしまった。 「あの……」 「……うん」 「俺、男だからね」  目を伏せて、そんな強く俺の手を握るから、意を決したようにしかめっ面をするから、何を言うのかと思った。 「その……胸、とかないし、あの、脱いだら、その、普通にっ、うわっ」  君が掴んでくれてる手で押して、倒すと、びっくりして、小さく声を上げる。その隙をついて、白い手首を捕まえて、そのまま組み敷く。寝転がってることに、少し遅れて目を丸くした日向が可愛くて、どうしよう。 「伊、都?」 「もう」  びっくりするのはこっちだよ。俺じゃヤダって言われるのかと思ったじゃん。  こんなに君のことしか見てない俺が、性別間違えるわけない。男なのに可愛いいから困るんだ。 「あっ!」  組み敷いて重なった身体。華奢な君に俺は重いかもしれないけど、ぴったりとくっついた身体の、下半身をぐいっとその細い身体に押し付けた。 「日向が好きなんだってば」  これで、わかった? 「……ぁ、あの」 「本当に、あんまり煽らないで。ずっと日向とこうしたいの我慢してたんだから」  硬くなったのが当たって真っ赤になってるけど、もう、決めたから。 「あっ……ンっ、ひゃっ」  もうガキくさくても、君とするから。そっと、怖がらないように触れて、服を脱がせると、唇を噛み締めてる。 「日向」 「……ン」  もう一度、いつも、ってほどたくさんじゃないけど、でも何度もした柔らかくて優しいキスをして、日向を組み敷いていたのを解くと、膝立ちのまま、今度は俺がTシャツを脱いだ。ベッドの脇に落っことすところを日向がじっと見つめてる。そしてズボンのボタンを外したら、息を飲んだのがわかった。 「いつも、スイミングの更衣室で、日向の目の前で、同じことをしてるのにね。すごいドキドキする」  日向は何も言わなかったけど、潤んだ瞳を眩しそうに細めて、俺の裸から逸らしてしまったから、きっと同じことを思ってた。同じ男なのに、なんで、こんなに直視できないんだろうって。心臓破裂しそうなくらい、お互いの裸を意識しまくってる。 「日向」  名前を呼ぶと、恐る恐るこっちへ顔を向けてくれた。その唇にまたもう一度いつもしてるキスをして、それから、目を閉じた君に唇で触れた。 「んんっ、伊都っ、ぁ、ンっ」  首筋にキスをしただけで、背中を反らせて、俺の名前を呼んでる。肩に触れただけで、ぴくんって反応して、少しだけ肌が硬くなったような気がして。 「怖い?」  君のことが好きだから、大事にしたい。でも、ただ手を繋いで、笑い合って、触れるだけのキスだけじゃなくて、もっと君のことを独り占めしたい。  大事にしたい好きな子と、大切に、セックス、したい。  じっと覗き込んだら、日向の黒い瞳に俺が写ってる。君に覆いかぶさって、真っ直ぐ見つめてる俺が君の中にいる。 「……怖くないよ」 「……」 「伊都と、できるなんて、嘘みたい」 「……」 「ずっと、伊都と」  ――したかったよ。  その告白と一緒に日向が手を伸ばして俺の首を引き寄せ、ベッドに一緒に沈んでってねだるように、キスをした、深くて、濃い、甘い濡れた音のするキス。柔らかくて熱い舌をおずおずと差し込んできてくれたから、それを捕まえて、絡ませて、呼吸を分け合う。  日向がくれたキスが嬉しくて、上から覆い被さりながら角度を変えて、何度も何度も舌で送り込んだ。吐息も、唾液も。その代わりに零れる君の濡れた声を飲み込むように喉を鳴らす。 「ン、伊都」  大切な子を独り占めしたい気持ちが腕に現れてた。キスを止めて、離したら、日向の唇が真っ赤になってしまってる。ごめん、なんか腫れぼったくなっちゃった。 「ズルいよ……伊都」 「?」 「カッコよすぎて、見たいのに、見れないよ」  潤んだ瞳、キスで少しぽってりと色づいたグミみたいな唇、白い肌は火照って、ほんのり赤みが差して色っぽくてさ。直視できないの、こっちだよ。 「日向のほうがズルい」 「……」 「なんで、そんな可愛いの。日向」  息を飲むほど、君に見惚れてる。 「ホント?」  君は願うように俺を見上げて、その白い指で俺の胸に触れて。 「嬉しい……」 「? 日向?」 「伊都に、可愛いって思われるの、めちゃくちゃ嬉しい」  そんな可愛く笑う君のほうがもっとずっと、ズルいよ。

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