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第39話 優しい事後
好きな子と、セックスした。
男同士だから痛いとかがないように、すごく気をつけながら、好きな子と初めてのセックスを一緒にした。とても嬉しかった。
「伊都……寝てる?」
寝てないよ。寝てないけど、ふりだけしてる。
「……カッコいい」
ありがと。日向は可愛いよ。小さな独り言にこっそりとそんな返事をしたけれど、まだ君の独り言を聞いていたくて狸寝入りを続けて、そしたら、今度は布が擦れる音がして、じんわりと温かさを感じた。きっと、君が近くに来た。起こさないように、そっと、身を寄せてる。
「……」
ねぇ、もしかして、今、俺のこと覗き込んでる?
無言だけれど、無音じゃない。君が今、すぐそこにいて、こっちを見つめてるのを感じる。音なんてないのに、でも日向の視線がそこにあるのがわかって、とてもこそばゆい。
今、君はどんなふうに俺を見つめてるんだろうって想像しただけで、こんなに楽しい。
「なんで、こんなにかっこいいんだろ」
じゃあ、なんでそんなに可愛いの?
そして、またしばしの沈黙。と思ったら、溜め息をついた。
「……伊都と、しちゃった」
うん。しちゃったね。
「……俺は、平気、でしたか?」
日向は独り言も可愛いね。俺を起こしてしまわないように、小さく小さく、布団の中だから聞き取れるほど小さな独り言。日向の声は元から優しくて柔らかいけど、今、いつも以上に柔くて、そして、ちょっと掠れてる。さっき、たくさん声出したからだ。俺が我慢しないでって言ったから、聞かせてくれた蜂蜜みたいに甘い声。熱くてトロトロに溶けちゃいそうな君の中を突くと、その甘い声で俺を呼んでくれた。伊都、って切なげに呼ばれる度に嬉しくて、君のそんな声を初めて聞いた俺は独り占めしたくて、たくさん中を突いて。君のことたくさん欲しがったけど、君はそんな俺に応えてくれて、ぎゅって全身で抱き締めてくれた。
「俺は……すごく、すっ…………? あの、伊都?」
あぁ、もう、思い出しちゃった。そして思い出したら、ほら、顔が熱くなる。
「伊都っ? もしかして、起きっ」
きっと真っ赤になった。見る見るうちに真っ赤になっていって、間近で俺を見つめてた日向が気がつかないわけがなくて。
寝たフリされて、独り言を全部聞かれてたと気がついた日向が、恥ずかしさで逃げてしまわないように、捕まえて、組み敷いた。
「平気じゃないです! 日向とできて、もうおかしくなっちゃいそうなくらいに嬉しくて、あと、気持ち良かったです!」
ガバッと起き上がった俺に目を丸くして、ぽかんと見上げてる裸の君の肌のあちこちに俺の残したキスの痕がある。
「……日向は?」
君は俺のものっていう印。ひとつじゃないその印は真っ白な肌にはちょっと痛々しいくらいで、なんか心配になってきた。俺は、嬉しかったけど。痛いことがないようにってすごく気をつけたけど。でも、初めてだからわからない。君も初めてで慣れてないし、生真面目だから、「痛い」の一言を言わずにいただけかもしれない。
「日向は? 痛いところない? その、優しくしたつもりだけど、でもちょっとでも痛かったりしたら、言って。俺はっ、そのっ日向のこと本当に大事にしたいんだ。だから、君が少しでも痛い思いとか怖い思いをして……たら……」
ふわりとほっぺたをなぞってくれる白い指。君は俺よりも少し体温が高いらしくて、セックスの時、君の中にいるととてもあったかくて気持ちよかった。ほら、今だって、その指をとても温かいと感じる。
「すっ…………」
白いほっぺたがピンク色になった。
「…………ごく、気持ち良かった」
「……」
そしてそのピンク色のほっぺたが膨らんで、君が笑った。
「優しくしてくれて、大事にされてるって感じて、嬉しかった。あと、カッコよかった。こんなカッコいい人を独り占めしていいのかなってドキドキしたけど」
けど?
「でも、伊都のこと誰にも譲りたくないから、やっぱり独り占めしたい」
「……」
君の笑った顔。
「なんか、ふわふわしてる」
それは俺のほうだよ。
「伊都は?」
「ぇ? 俺?」
「痛かったでしょ? これ」
肩を撫でられてビクンと反応してしまう。
「ごめんね?」
それを痛みのせいで飛び跳ねたんだと勘違いした日向の表情が曇ってしまう。その肩には君の爪の痕が刻まれてる。セックスの最中、しがみ付いてくれた時のもの。
「ちっとも痛くないよ」
「……ホント?」
じっと心配そうに見つめる日向にしっかりとたしかに頷いた。痛いけど、痛くていいんだ。これは君が俺に刻んでくれた「君のもの」っていう印だから。
「ホント」
だからむしろ嬉しいんだ。初めてだから、加減がわからずたくさんつけてしまったキスマークとしがみついてできた爪痕。どっちもお互いを独り占めしたいって気持ちを表してる気がするから。印はたくさんあっていい。
「よかった」
安堵の溜め息を零す君を抱き締めて、俺は、君の抱き心地の良さに溜め息を突いて、そっと目を閉じる。抱き合って、君は俺の身体の厚みを確かめるように背中を撫でて、俺は君の細さを愛しく思って肩にキスをした。
「伊都、俺、変じゃなかった?」
「全然」
「気持ちよかった?」
「もちろん」
「また、してくれる?」
「だから、また、したい」
最後の言葉はふたりほぼ同時だった。抱き合って、同じようなことを願って、ダブった言葉に止まって、見つめ合って、笑った。大人みたいにカッコいい色っぽい感じにならないことに笑って、そんで、起き上がろうとした。
ほら、そろそろ皆がスケート場から帰ってくる。夕飯はレストランでバイキングだし、身体は終えた後に拭いたけど、シャワーを浴びよう。大浴場はダメだからせめて部屋にある小さいバスタブにお湯くらい溜めて、ゆっくりと、そう思った。
「日向、待ってて」
「え、伊都? どこに、一緒に、ゎ、うわああああ!」
立ち上がろうとして、腰に力の入らない日向がよろけた。それを慌てて受け止めようとした俺はぐちゃぐちゃになってるシーツに足をひっかけちゃって、そんで――。
「いたたた」
「いった……って、日向、頭打たなかった」
「うん。平気。伊都は?」
「平気」
そんで二人してベッドから転がり落ちた。
映画みたいにはちっともいかなくて、かっこ悪いけど。でも――。
「ふたりして転んじゃったね」
そう言って君が恥ずかしそうに真っ赤になった。
「ダサ……次はもう少し、こう包容力のあるカッコいい」
「んーん、このままの伊都がいい。カッコいいよ。俺、どこも打ってない。ヒーローみたいに、俺を守ってくれた」
「えぇ? でも、盛大に転んだよ。やっぱダサい」
「んーん、今のこの伊都がいい。だって」
――こんな慌てて転ぶ伊都なんて、きっと誰も見たことないでしょ?
独り言みたいに小さな声が呟いて、そっとほっぺたにキスをくれた。柔らかくて優しいキスは唇でも、ましてや、やらしい行為でもない。普通の、子どもでもするようなキスだったのに。俺は、君の独占欲がどうしようもなく嬉しくて真っ赤になった。
そんな真っ赤になった俺を見て、日向も真っ赤になって、そして、ふたりで、また笑っていた。
ケラケラ笑う声が満ちる、初体験だった。
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