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第40話 恋の存在感
睦月達が帰ってきたのは俺たちがベッドから転がり落ちて、笑って、シャワー浴び終わってしばらくしてからだった。お父さんからメールが来て、足が痛むようなら部屋食とか手配してもらうこともできるよって。
「足、平気?」
ゆっくりとホテルのレストランへ歩きながら、声をかけると、日向がふにゃりと笑った。
「うん。大丈夫。ありがと、伊都」
日向の足は捻った直後は痛むだけの本当に軽度なものだったみたいで、今は引きずって歩くこともなく普通にしている。だから、部屋からそのままレストランへ向かってた。
足首の捻挫は大丈夫だったけど、シャワーの時、靴擦れのほうが沁みて痛かったみたい。俺も、背中の爪痕が少しヒリヒリした。
でも、それも嬉しかったりして。マゾ、とかじゃないけど、君としたんだぁって実感できるからさ。
「腰は?」
「ひぇ?」
「っぷ、変な返事」
突拍子もない声を出して、人があんまりいないし、足首捻ってますって、その風呂上りに付け直した湿布で思ってもらえるだろうから、ドサクサ紛れに手を繋いでた。その手が質問に対してピクンと反応する。
「腰、ダルかったりしない? ほら、部屋の中じゃわからなくても歩いたりすると気が付く感じとか」
違和感? 異物感? 存在感? なんていうのかわからないけど、そういうのがあって、体調悪くなったりしないかなって。
「あ、あるけど」
「ある? 大丈夫? 痛い? それとも」
「じゃなくてっ」
クンって俺の手を引っ張って、足を止めた日向と目が合った。
「そうじゃなくて、あの、伊都がいるみたい」
「……」
「中……」
その瞬間、ぼわっと熱が上がった。君の身体に残っていたのは、違和感でもなく、異物感でもなく、俺の存在感で、そして、脳裏にすごい勢いでまた蘇る日向の裸。
「こら」
それを頭からスポーンと弾き飛ばすようにはたかれた。
「イタッ」
「お前ら、廊下でムード出しすぎだっつうの」
「!」
そこにいたのは田中さんだった。
「初々しい初体験の余韻でまくりだぞ。もう少しスレててくれたら、ここはラブホの廊下じゃないんだぞーってからかってやりたいけど、初々しすぎて、見てられねぇわっ! 心配して損したわっ!」
田中さんは「はぁ」とひとつ溜め息をついて、小さな声でピュアすぎるだろってぼやいてる。
「でも、よかったね。日向クン?」
「!」
「悩みまるっと解消したでしょ?」
悩み? 日向が田中さんに悩みを打ち明けてたの? え? 一体何を? 言っちゃ悪いけど、田中さんみたいに女の子とっかえひっかえの人に相談なんてしたら。
「伊都、君にぞっこんだったろ?」
「ちょ、田中さんっ、それはっ」
慌てて田中さんの暴露を掻き消そうとする日向が首筋まで真っ赤にしてた。
スケートの間もずっと浮かない顔で、足を捻った痛みのせいじゃない悲しそうな表情をするから、思わず声をかけた。医務室へ運ぶ時、どうにかしてあげたくなった田中さんに、相談に乗ろうか? って言ってもらった。
伊都のこと? と一言尋ねられたら、日向の我慢して作ってた柵が壊れてしまったんだ。
ずっと溜めていた悩み事が一気に溢れて止まらなくなった。
「はんべそで、俺って魅力ないですか? なんて言われて、もーどーしようかと」
「んなっ、日向? 何をっ、田中さんに」
「だ、だって」
よりによって田中さん。一番相談したら危険そうなのは、恋愛事に疎い俺でもわかるのに。
「そのくらい切羽詰ってたんでしょ?」
「……日向」
「可愛かったけどさ」
「田中さんっ! 日向はっ」
「そう、日向クンは伊都しか見えてなくて、他所の男が狼になろうが、何になろうが、関係なしで伊都のことだけだったよ」
――俺って、魅力ないですか?
相談した時の日向はどんな顔をしてたんだろう。
「いいねぇ、うらやましい。まさに青い春だな」
田中さんが苦笑いを零して、チラッとこっちを見てから、姪っ子を待たせてるんだったとレストランへと急いで歩いて行く。
「日向は魅力的だよ」
田中さんの背中を見送りながら、伊都の手を握り締めたまま、俺が質問に答えた。
「……え?」
「すごく魅力的だと思う」
「……」
「だから、俺こそ切羽詰ってるし、心配だし、閉じ込めておきたいし、けど」
君は悲しい思いをたくさん、ひとりでしてきたから。
「けど、たくさん友達とか作って欲しいし、色んな人と話して笑って欲しいとも思う」
玲緒もそう。田中さんもそう。
「友達をいっぱい作って欲しいって。けど、彼氏は」
男同士の恋愛だけれど、それを気にせず手助けしてくれる人、相談に乗ってくれる人、話を聞いてくれる人がいるんだって実感して欲しい。
「彼氏はっ! 伊都だけだよ!」
「……」
「伊都だけっ」
複雑なところなんだけどさ。君の芯の強さも、優しさも、どれもこれも魅力的だから、焦ったりはするんだけど。田中さんみたいにちょっかいを出してくる奴とか出てきそうで心配だったりもするけど。でも、君の楽しそうな笑顔は最高なのもよく知ってるから。だから、君の世界が広がるのも嬉しい。
「あ、伊都! 日向クン! こっちこっち!」
「あ、お父さんだ」
「へっ? ぁっ……えっと」
「おーい! 夕飯バイキングだよ」
お父さんと睦月が手を振ってくれてた。席を取っておいたよって笑ってる。
「な、なんか、伊都としちゃった後で、いいのかな」
「なんで?」
「だって、大事な息子さんをっ」
「うん。大事な息子が大事にしている好きな子といたんだ」
「……」
睦月とお父さんがそうしてるみたいに、大事な人と大事な気持ちと一緒に抱き合った。
「足、大丈夫だった? 痛む?」
「あ、いえ、あの、平気です」
「そう? じゃあ、伊都」
「俺が日向の分も取ってくる」
いいよ、なんて遠慮しようとしないでよ。俺がしたいんだ。大事な子を大切にしたくなるのは当たり前のことなんだから。ほら、だから、教えて、君の食べたい物を全部取ってきてあげる。
「じゃ、じゃあ……あの、カレー」
お父さん達はローストビーフとか色々あるよ? って、もっと豪勢なのを食べればいいのにって言ってたけど。
「わかった。カレーね。俺もカレーにしようかな」
君と両想いになった時に食べたカレーが美味しかったから、俺も食べたいって思った。今日は君と初めてした日だから、またカレーがたまらなく美味しく感じるに違いないって、そう思ったんだ。
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