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第44話 二種類の真一文字

 カリカリカリ、シャーペンが音を立てて、そして白い指がノートの上で整った綺麗な文字を並べていく。  今日はスイミングが休みの日。  デート! って、思ったけど、日向が課題を一緒にやろうよって言うから、そうした。  途中、コンビ二に寄って、お菓子とジュース買って、うちで……課題をやってる。 「伊都、そこ、たぶん違う」 「え?」 「たぶん、ここの訳し方かな」 「……なるほど」  日向の白い指がなぞって教えてくれた一文をもう一度読み返してみる。 「うちのクラス、英語の授業少し進んでるみたい。そこ、この前やった」 「そうなの? あ、じゃあ、こっちは?」 「あ、それはね……って、伊都が自分で解かないと意味がないじゃん」  そういうとこも生真面目なんだ。  ズルは許してくれそうもない。自分で和訳しないとダメでしょって、見せてはくれないらしい。えー? って、少し誤魔化してみても、ニコッと笑うだけ。 「あ、そうだ。明日、俺、保健委員の集まりがあるんだ。マラソン大会が近いから」 「じゃあ、俺、また図書室で待ってるよ」 「あー、うん……ぁ、でも……」  また、たぶん寝てるだけだろうけど、あそこなら静かだし。図書室独特のにおい、ああいうのはあまりかぎなれてなくて、ちょっとだけ落ち着かないけど。それも寝てしまえば気にならない。  日向はああいう場所が似合いそう。  本がびっしり並ぶ空間に佇み、白い指でページを一枚一枚めくる姿とか、すごい様になってる。 「でも、いつ終わるかわからないし、寒いし、だから、先に帰ってていいよ」 「平気だよ?」 「風邪引いちゃうかもしれない」 「そのあと、プールで泳いで夜に自転車漕いでても、一度たって風邪引いたことない頑丈な身体してるのに?」 「でもっ」  静かに本を読む姿は、きっととても綺麗で見惚れる。  遠慮してるのかな。それとも、ふたりでいることを誰かに見られてって、まだ、前の学校のことを引きずってる? この前と違って、うん、と頷いてくれる気配がない。 「でも……お」 「お?」 「俺に寝込み襲われるかもよ?」 「……っぷ」  何を言うのかと思ったじゃん。 「んな! なんで! 笑うんだよ! 伊都はっ」 「だって、寝込み襲われるの大歓迎なんだから、むしろ、図書室にいたくなるよ」  こんなふうに可愛いから困るんだ。 「もう」  日向が眉を寄せて、唇をキュッと結んで、困った顔をした。 「日向?」 「な、なんでもない」 「でも」 「そうだ! マラソン大会! 伊都、すごいんでしょ? クラスの、女子が大騒ぎだった。泳ぐのも走るのも速くて、陸上部の人よりも速いんだって」 「……」  水泳やるのにスタミナは必須だから、マラソンも練習の一部に入ってて、自然と速くなったんだ。  日向は、そりゃそうだよね、お正月からなんとなくで駅四つ分走っちゃうんだもんって笑ってる。  笑ってるけど、なんか、あんまり元気がない、ような気がする。 「……日向」  何か、あるような気がするけれど。日向がもしも何か悩んでいたり、困ったりした時には。 「俺、日向の彼氏だよ?」 「……」  きっと、話してくれる。この唇で、俺の名前を呼んでくれたら、俺は本当に絶対に君のところへ行くから。ちゃんと話を聞くし、何かできるのならなんでもするし、必ず守るよ。そう伝わるように、優しく、ゆっくり丁寧にキスをした。  触れて、離れると、唇を噛み締めて、ふいっと日向俯いてしまった。 「だから、何かあったら、話して? ね?」 「……うん」  そのきゅっと結んでしまった柔らかい甘い唇で呼んでくれたら、すぐに――。 「なんか、ある?」 「ううん。ないよ。ないけど、マラソン大会で、ほら、また伊都がカッコいいって女子が大騒ぎだなぁって、ちょっとヤキモチ!」  顔を上げると笑ってて、だから、少し安心したんだ。今、一瞬、本当に一瞬だけれど、なんか日向のクラスの、あの女子が頭の中をよぎったから。  日向の隣にいて楽しそうに話しかけていたショートカットの女の子を自分の頭の中から慌てて追い出した。 「伊都のかっこいいとこ見られないで済むから、雪降ってくれてもいいんだけど。あ、でも、降っちゃうと玲緒君は困るのか」 「?」 「そういえば、玲緒、雪が降るかどうかすごい気にしてた。マラソン大会とか嫌いだから降って欲しそうなのに」  玲緒はいまだに天気予報とにらめっこをしてる。バレンタインデーでもあり、全校生徒、男子十キロ、女子六キロのマラソン大会の日でもある、二月の十四日は一週間前からずっと雪だるまのマークがしっかりついていて、その雪だるまと毎日にらめっこをしてた。  しかも、今日、その予報が急変して、記録的大雪になる可能性が日増しに強くなってきたらしくて。玲緒が嘆いてたっけ。  交通機関の乱れが予想されていますって、アナウンサーも毎朝教えてくれる。それと、雪かき用のスコップ、それと車の雪用タイヤの売れ行きも。 「……ぇ、伊都、知らないの?」 「?」  何が? 「あっ! ご、ごめん! なんでもない!」  やってしまったて顔をして慌てて手を振って、ぽろっと言ってしまった言葉を掻き消そうとする。  けど、そんなふうに真っ赤になって手をバタつかせる日向はいつもの日向と何も変わらなくて、ちょっと安心しつつも、慌てて掻き消した何かがとても気になった。 「え、何? そんなのなんでもなって言われても、すっごく気になる」 「……あー、でも、えっと」  あ、今の顔、可愛い。困った顔も可愛い日向がどうしようって目を逸らして。  少し上目遣いで、こっちを見て、唇をきゅっと結ぶ感じ。さっきの、唇と同じ用に真一文字なのに、空気が違うから、雰囲気もまるで変わって。 「えっと、玲緒君……から、そのうち話があるよ」 「知らないフリするから」 「…………玲緒君、ね……あー! ダメダメ! 言えないっ!」  可愛くて、楽しい。  それから、数分後、英語の翻訳課題を無視して、生真面目な日向の口を割る為、あの手この手を敢行した結果。 「えええええええ?」  ようやく聞き出した話に俺は大きな声を上げて驚くこととなった。

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