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第45話 見えない気持ち
「……そりゃ、知らないでしょ。言ってないもん」
「んなっ!」
玲緒がしれっとした顔でそう言ってのけて、朝の冷気に冷え切ったマフラーを首から外す。
「なんで!」
「だって、伊都、そういうの疎いから、言ってもさ」
好きな人ができたんだ。
そうなんだ。
告白、したいんだけど。
すればいいじゃん。
え、でも。
好きなら伝えなよ。
でもさ。
好きなんでしょ? じゃあ伝えなよ。
「って感じで、伊都って恋愛相談に誰より向いてない気がするんだもん」
「……」
「でしょ?」
たしかに、たぶんそう答えてた。
「だから、相談しなかったんだもん」
玲緒は好きな人がいる。同じクラスの女子で、ホラー映画が好きで、俺が苦手なジャンルで、その子の友達もホラー映画は大の苦手だから、一緒に観る人がいないって嘆いてたんだって。だから、一緒に何度か観に行った。
俺と日向が、田中さんからもらったチケットで観に行った映画も、玲緒はその子と一緒に観にいったらしい。けど、何度映画を観ても、それ以上の感情を向こうが持ってるかどうかわからなくて。
だから、マラソン大会で、いつもと違う雰囲気の中、バレンタインデーっていうイベントに背中を押してもらって告白しようかなって。
君からのチョコが欲しいです。
そう言おうかなって。
だけど、その日は雪の予報が揺るがなくて。
玲緒が好きになった女子は遠いところから電車で通っている。もしも雪がたくさん降るのなら、帰りのことも考えて、その日は来ないかもしれない。だから、ずっと天気予報とにらめっこをしていた。
――玲緒君を見てて気がついたんだ。たまにだけど、その女子のことを目で追ってたから。あれ? って思って、もしかして……って。
その相談をもしも受けてたら、たしかに俺は、前の俺だったら、告白してみなよって答えてた。
「日向って、するどいよねぇ、って、噂をすれば、だね」
玲緒の視線を辿っていくと、そこに日向がいた。
「最近、あの子とよくいるね……」
「……」
ショートカットが似合う活発そうな子。図書室で静かに本を手に取る姿が似合う日向とは正反対なような気がするけれど、正反対すぎて似合っているようにも見える。元気で明るい印象の女子。
昨日も廊下で見た。廊下で見るってことは教室でも何度か話をしてると思う。日向の隣によくいる女の子。
その女の子に、俺は、嫉妬している。
「なんか、気に入られてるとかなのかなぁ。友達……じゃなくて、もしかして? ほら、バレンタインだし」
「……ないよ」
俺がそう答えると、玲緒が無邪気に「だよね」って笑った。俺は言い切ったけれど、その言葉は断言したんじゃなくて、願いも混ざった言葉だったんだ。
「でも、なんだろうねぇ、あの女子」
「……」
「日向、綺麗な顔してるもんなぁ。アイドルとかになれそうな感じだもんね」
今の俺なら玲緒の恋愛相談乗れるんだと思う。告白すればいいじゃん。好きなら伝えなよ。なんて、そうシンプルなことじゃないんだ。好かれてなければフラれるだけの話。でもそんな簡単なことじゃないよ。
「日向は、そういうのないもんね。浮気とかもしなさそうだし、それに何より」
それに、何より、日向はゲイだから、恋愛対象に女子は入らないから大丈夫。気にすることなんてないよ。
なんて、そんな簡単じゃない。
「……伊都?」
好き、ただその言葉だけで、この気持ちを伝えられない。恋に、それが片想いでも、両想いでも、その恋に、迷った時の答えも出てくるほど、誰かを好きになることは簡単じゃないって、最近、気がついたから。
マラソン大会を明日に控えて、今日、日向は保健委員のミーティングがあるけれど、俺は図書室で待つのをやめておいた。本人がして欲しくなさそうだったのもあるし、それに、日向がいないほうがいいから。
「ただいま」
「うわああ! なんだ、伊都か。おかえり」
「……何、してんの? 睦月」
玄関開けたら、靴箱のところに腕組みをしながら神妙な顔をした睦月が立っていた。
「千佳志さんかと思った」
その腕組をしている手には赤いリボンが綺麗に巻きつけられた黒い小さな箱。
「……それ、チョコ?」
「ん? あぁ、そう、チョコ」
明日はマラソン大会で、そんでバレンタイン。睦月はそのチョコレートの隠し場所を探してるらしい。お父さんに見つからない場所がいいんだけれど、冷蔵庫は無理だし、ベッドも無理。自分の鞄、とも考えたけれど、いつも寝室に置いているから、お父さんと近すぎてどうにも落ち着かない。しかも気になってしまって、視線とかがうろたえて、チョコの在り処を見てしまいそうで、バレる気がしてしまう。
「でも、下駄箱はちょっと……それ、チョコなんでしょ?」
「だよな」
そう言って、睦月がアハハと笑った。
「今年はどこにしようかなぁ……」
「ふたりは、毎年、送ってるよね」
「んー、そうだね」
最初の年だけ、お父さんがチョコで、睦月がお酒にしたんだ。なんでかお父さんはチョコにこだわってた。その次の年からは二人ともチョコを送りあってる。
必ず送るけれど、必ず二人とも隠してて、当日、ちゃんと手渡しするんだ。
「まめ、だよね」
「そうかな……」
「うん。だって、もう何年?」
「そうだねぇ」
俺が六歳の頃からだから、もう十二年、けっこう長い間、パートナーとして、家族として一緒に暮してる。クリスマスだって、家族でチキンにケーキっていう感じじゃなくなってきたし、お父さんだって今は経理の副部長で、そんで、睦月だって、水泳部門の部長をしてて、お互いに忙しいし、帰りが遅い日だってあるのに。それでも、この日のチョコはかかさない。
「まめだよ」
「……まめだから、っていうわけじゃないんだけどね」
「違うの?」
不思議そうにしている俺を見て、小さく笑って、頭を撫でた睦月はふと良い場所を思いついたらしい。部屋のほうへと歩いていって、そして、水泳雑誌ばかりが詰まった、マガジンラックの底に隠した。そこは睦月がすぐに手を伸ばせるようにって、睦月がいつも座るソファの近くに置いてある。すぐに手渡しもできるし、そばにあるからそわそわしてバレてしまう心配もない。
「まめ、とは違うんだ」
「……」
「そうだなぁ。普段、伝えきれてないことをバレンタインっていうタイミングで伝える、感じかな」
「いつもよくふたりは話してるじゃん」
「家族としてね。その日は恋人として、パートナーとして、って感じかな」
「……睦月たちでも、伝えきれないことなんて、あんの?」
ない、気がした。ふたりはよく話しをしてると思う。そして二人の時間をすごく大事にしているように見えたから、伝えきれないことなんてないように思えるのに。
「そりゃ、あるさ」
「たとえば?」
「まぁ、色々、パートナーへの要望って時もあれば、ただシンプルに」
シンプルに?
「気持ちを伝える年もあるし」
「いつも、言ってて、いつも、お互いに大事にしてるって感じなのに?」
「あぁ、それでも」
あえて、改まって、その日に伝えると、二文字の言葉以上にちゃんと伝わることがあるんだよ。そう言って、睦月が今年の隠し場所は完璧だと、笑っている。
「好き、は見えないからな」
そう言って、笑っていた。
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