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第47話 ご褒美のためなら、なんだって
チョコ、買ったんだ。
玲緒はマラソン大会が終わったら、そのままここに居残って、そんで彼女が来るのを待つって。もしも改札から彼女が現れなかったらそのまま電車に乗って、ジャージで、チョコを渡す。雪が降っても気にしないと、日向ほどじゃないけど、綺麗な顔立ちをしてる玲緒が鼻の穴を大きくして意気込んでた。
「あれぇ? 伊都、珍しいじゃん。何? 腹痛?」
ゆっくり走ってると、同級生が声をかけてきた。先頭グループにいるだろう俺がゆっくりペースの一団の中にいるなんて珍しいから。
俺は適当に「ちょっとね」って答えて、のんびり走ってた。たぶん、俺のペースじゃ、日向には会えないから。スタートするまでは委員のほうで飛び回って、ゴールをしたら、そのまま次は自分が担当している場所に戻って、立ってないといけない日向と会える機会は今しかない。
生真面目な日向はサボらずにその仕事を頑張る。その邪魔はしたくないんだ。
「頑張れよぉ」
手を振って、皆が走り去っていくのを見送った。
今、たぶん、コースでは四分の一くらいのとこを走ってる。
それにしても遅くないか? いくら日向がそんなに足速くないって言っても、水泳やってるから、そこまで体力ないわけじゃないはずなのに。
もしかしたら生真面目すぎて体調悪くしたとか? 委員会の都合で、今朝は早かったはずだし。
不安になりつつ、日向を探して、振り返った。
「!」
そして、見つけた。
ちょっとしんどそうに走ってくる日向がいた。
眉をひそめて、ピンク色の唇を薄っすらあけて、足取りも少し重そうで、額の汗を拭いながら。
「体調、悪い? 日向」
ようやく顔を上げ、俺を見つけて目を丸くした。
「……なんで、ここに」
「これ」
もう周りに人もあんまりいなくなっちゃった。心配したんだよ? 一緒にずっと二ヵ月近く泳いでたんだから、君の体力くらい把握してる。
儚げなように見えて、けっこうしっかりしていて、頑張り屋の君が走れない理由。そんな君の足取りが重い理由。
あの子、でしょ? 今朝、俺にチョコをくれようとしていたあの子。
「これ、日向に渡したくて」
「ぇ?」
「チョコ」
あまり大きいのはさ、マラソン大会の最中でジャージのポケットには入らないかもしれないから。小さな、トリュフのチョコが四つ入った、コンビ二のだけど。
「朝、買ってきた」
「……」
「日向にチョコあげたくて。あと、言いたかった」
「……」
「大好きだって」
お父さんが初めて睦月にあげたチョコ。びっくりするくらい美味しかったっけ。口へ放った瞬間、チョコの香りが広がった。すごく賑わいでいたチョコレート売り場から少し離れた、端のほうで、俺はたくさん試食させてもらった。どれも美味しくて、でも、お父さんは迷うことなくそのチョコを買ったんだ。
あの時にお父さんが睦月にあげた、あんなに美味しいのじゃないけれど。
コンビ二のだけど。
「……伊都」
「後で、一緒に食べよ? それ四つだから。そのくらいならジャージのポケットに入るでしょ?」
「……」
「ゴールで待ってる」
「ぇ? 伊都? あの、もう、かなり後ろなのに」
君が頑張ったから。
「大丈夫だよ」
君が、俺のことを誰にもあげたくなくて、頑張ってくれたから、今、なんでもできる気がする。世界だって救える、たった一人の人を守り抜いて、想い続ける、カッコいいスーパーヒーローにだってなれる気がする。
「一位」
「……」
「一位取れたら、ご褒美ちょうだい?」
目を丸くしっぱなしの君に手を振って、一歩、力強く踏み込んだ。
そこから本気で、真っ直ぐに、君からもらえるご褒美と、君がもっと俺のことを好きになってくれますようにって願いを込めて、力強く走った。
俺が係の仕事があるなんて、そんな、隣のクラスで誰かにちょっと訊けばすぐにわかるウソなんてついて。同性同士で付き合ってるとか、ゲイだとか、そんな噂話にたくさん傷ついてきたのに、係だから君が告白するタイミングないよ、なんてウソがバレたら、またいらない冷やかしに傷つくかもしれないのに。
それでもウソをついてくれた。
バレンタインにあの子がチョコを俺へ渡そうとするのをそこまでして阻止してくれた。
ウソの下手な君がついたウソが、俺へのチョコを頑張って邪魔した君のことが、とても愛しいって思った。
受け取らないのに、きっと俺は受け取らないって知っててくれるはずなのに、それでも「イヤだ」と思ってくれたから。
君が俺を独り占めしようと頑張ってくれたから。だから、足だって、ほら、軽い。どんどん走っていける。
途中で「腹痛か?」って話しかけてくれた同級生を追い越して、バスケ部もサッカー部も、そんで陸上部も追い越して、玲緒なんてとっくに追い越して「がんばれー」って呑気な声援を肩で受けながら、走って、走って。
「っ、はぁ、はぁっ……はぁ」
君からのご褒美欲しさに頑張って、取ったよ。
「……やった」
一位、取った。
「……しんど」
あとは、君が一位になった俺を見て、カッコいいって、もっと惚れ直してくれたら、もうそれで、最高――。
「はぁ……」
寒い。
っていうか、雪降るの早かったな。午後からって言ってたけど、まだ午後じゃないのに、もうけっこう大きい白い粒がひらひらふわふわ降ってきた。
玲緒の好きな子はやっぱりマラソン大会には来なかった。でも、この雪なら正解だ。電車が止まるかもしれない。玲緒は……まぁ、男だからきっとどうにかできるし、玲緒はどんな時でもどうにかできちゃうから。
告白、してんのかな。
まだ今のところそれに関しての報告は玲緒からないけど、上手くいってるかな。
どうか、上手くいきますように。
皆の好きが好きな人の好きと繋がればいい。けど、そうじゃないから。
「……伊都」
だから、好きな人が俺のことを好きになってくれたら、どんなことでも頑張って背伸びして、走って慌てて、そんで泣いて。
「伊都っ、あのっ」
笑って。
「委員の、終わった? お疲れ様。雪降ってきたね。一緒に帰ろ? 待ってたんだ」
君がくれた「好き」全部をしっかり抱き締める。
「俺、一位になったよ。知ってる?」
コクコク頷いてくれた。俯いてしまって顔はよく見えないけれど。
「ゴールしてからすぐに、伊都が一位になったの、すぐに聞いた」
「頑張ったんだ」
「うんっ」
この好きを好きな人と繋いでいたくて。
「うー寒い! あ、手、めちゃくちゃ冷たい……と思ったけど、日向のほうが手、冷たかったね」
「……」
「少しだけ、繋ご?」
ずっと繋いでいたくて、俺も、君も、皆も、頑張ってるんだ。
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