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第48話 好きだからこそ、その人にとっての幸福を――

 ――最近、佐伯君と仲良いよね? 「そう、話しかけられたんだ」  保健委員である日向が仕事を全部終えて帰れる頃には、ここでマラソン大会があったなんてわからないくらい、うちの学校の生徒はいなかった。  そりゃ、そうだ。  雪、この調子で一晩どころか明日未明まで降り続くんだってさ。いつ止むのかわからないから、どのくらい積もるのかもわからない。だから皆急いで帰っていった。実際、電車も大幅に時間が遅れてて、俺たちはずっと駅のホームで待ちぼうけだ。そして、数分おきに、放送で駅員さんが列車が遅れてることを、待っている電車が今現在いる位置と同時に教えてくれる。さっきサラリーマンが会社へなのかな、慌てて電話をしてた。 「玲緒君はガードが硬くて、誰が訊いても伊都のこと教えてくれないんだって。自分で訊きなよって言われちゃうから、俺に……」 「俺の好きな人を?」  ずっと、線路を見つめるばかりの君が、コクンと頷く。その頭に、雪がひらりと乗っかった。 「はい。俺です、って言った?」  手で取ってあげようと思ったけど、ブンブンと首を振ったせいで、雪はそこからまた飛んでいってしまった。 「言いたかったけど、でも、無理で、そしたら、訊いてきてくれない? って、頼まれた。噂も聞かないけれど、いるのなら諦める。でも、もしもいないのなら告白したい、って。チョコ好きかな、とか訊かれたんだ」  それで、ずっと一緒にいたのか。俺のことを全部日向経由で訊こうと思って。  その時、日向があの子と一緒に廊下に出ていた時の顔を思い出した。日向の食べ物の好みを訊いているような会話。あれは、もしかしたら俺が甘いものが好きか苦手かを訊かれて、その質問に答えるのを避けていたら、日向自身の好きな食べ物へと話が流れていったのかもしれない。  俺たちが廊下にいるのを見つけて慌てて駆け寄ってきた。いいから、早く行こうって、彼女のことを隠したいように俺には見えて、少しだけ胸のところがジリッと焦げたけど。  違ってた。  あれは、日向が俺をあの子から隠そうとしていたんだ。ジリッと焦げた苦い気持ちを持っていたのは、日向だった。 「伊都のこと誰にも譲りたくない」  俺は、君があの子と並んでいるのを見て、正直、焦ったんだ。 「でもっ、伊都はゲイ、じゃないからっ……だから、本当はこんな可愛い女の子と付き合うほうがいいって」  人を好きになるのに男も女も、性別って関係ないって思ってるからこそ、君が、活発そうなあの子を好きになるかもしれないと。 「スポーツできるし、身体動かすの好きみたいで、そういうの伊都と一緒だし、明るくて楽しい感じで」  性別をとても気にしている君と性別をちっとも気にしない俺が同じようなことでジリジリって焦げてた。 「伊都のこと、大好きだから、本当に大事だから」  顔を上げた君が唇を真一文字に結んだ。俺をあの子から隠そうとして、先に帰ってって言ってた時みたいに。 「だから、伊都にとって一番の幸せを、今のじゃなくて、このあと、大人になったあとの」 「でも、俺のお父さんと睦月、めっちゃ幸せだよ?」 「!」 「怖い時とか不安な時とかあるのは男女も変わらないでしょ」  はぁ、って吐く息も真っ白だ。線路のところに敷き詰められた石も薄っすら白い。向こうの道路も段々白くなっていく。 「大丈夫。迷っても、悩んでも、俺らの前でお父さんと睦月がイチャついてるからさ」 「……」 「俺たちは手を繋いでこのまま一緒にいればいいと思うんだ」  君が吐く息は綿菓子みたい。だって君と隣にいると、ずっと甘いケーキを食べる時みたいにワクワクしてドキドキするから。  だから、ほら、ゆっくり降りつもる、雪はシュガーパウダーみたいに思えてくる。 「ちなみに、焦ったの、俺もだからね」 「ぇ?」 「日向が女子にいっちゃうかもって」 「そっ! そんなわけ!」 「でも、だってさ、思い返してよ。廊下でツーショット目撃した時の俺の気持ち。ガーンってなりかけたところに、慌てて俺らを彼女から隠すんだ。コソコソしてるし、なんか悩んでそうだし。登下校のピークすぎた時間なのに一緒に帰ろうとするのを頑なに拒否されるし」  そして、君のポケットには本物の甘いチョコレートがはいってる。 「そ、それはっ」 「でも、もう、焦ってない。待ってて。まだ電車来ないみたいだから。缶コーヒー買ってくる。寒くて冷えちゃったでしょ?」 「……」  君といると甘い気持ちが溢れるから、本当に甘いんじゃないかって思えて、キスしたくなる。  でも、さすがに今は、ダメ、だよね。  ガランゴロンって大きな音を立てて落っこちてきた缶コーヒーをふたつ持って、ひとつは冷たいのにすればよかったって思った。  寒いけど、手かじかんでるけど、冷たいもので頭っていうか、色々、その他諸々を冷やして落ち着いたほうがいい。  今日は、大雪になるって、ほら、今も駅ホームの放送でもそんなことをアナウンスしてるし、駅四つ分、歩いて送り届けるのは別に苦じゃなくできるけど、日向が無理でしょ。風邪引いちゃう。  だから、今日はこのままそれぞれの駅で降りてバイバイしないと。  もっと一緒にいたいけど。  いつだって一緒にいられるんだから。自分でもそう言ってたじゃん。お父さんと睦月みたいに大人になってもって。今日はずっと一緒にいたかったけど、今日じゃなきゃダメなことじゃない。  だから、そんなワガママは、言わないようにしないと。 「い、伊都……」  君を帰したくないとか、一緒にいたいとか、そんなことは――。 「あ、あぁっ! ごめん! 冷えちゃうよね。はい。コーヒー」 「あのっ!」  缶コーヒーを手渡そうとしていた手をぎゅっと日向が掴んだ。 「……あの」  君の事が大事だから、君のために、俺は――。 「……あの、雪、すごく降ってきたから」 「あ、うん。電車、もう来るかな。アナウンスで雪の影響でって言ってたけど。今、どこの駅にいるんだっけ? あんま聞こえなかった」 「あのっ……電車、途中で止まっちゃったって」 「……ぇ? そう言ってた?」  ブンブンと首を振って、俺の手首を掴む手が力を込めた。 「日向?」 「……止まっちゃったって、ウソ……ついたんだ」 「……」 「伊都が、ダメなら、帰る。ちゃんと。でも、いいなら、その……伊都の」  自分のワガママで、君が風邪を引くのも、困らせるのもしたくないけれど。でも、君のワガママは全部、叶えるよ。 「伊都の」 「俺のうち、泊まってく? っていうか」  君のワガママを全て、君の欲しいもの全部、俺はきいてあげるよ。 「泊まっていきなよ」 「……伊都」 「一緒に、いたいんだ」  君のことが好きだから。

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