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第52話 しょっぱ甘い

 夜中、ふと、目が覚めたら、君が隣で寝てた。その寝顔を観察して、睫毛長いなぁとか、髪が柔らかいよなぁとか、あ、寝返り打って向こうむいちゃった、と思ったら、なんか寒かった? むにゃむにゃ言いながら、またこっちに顔を向けた、とか。  こういうのいいなぁとか。  そんなことを考えてたら、また眠ってた。  次に起きたら、もう朝で、今度は君が俺の寝顔を観察してた。  ――おはよ。  目を覚まして、目が合って、君が笑って。外は真っ白、一晩中降ってた雪で世界が真っ白になっていた。逆に、真っ白な肌をした君は嬉しそうに笑って、はしゃいで、頬も、裸で寒そうな肩も、ピンク色をしてて綺麗だった。  ――すごい雪。伊都のお父さん達、大丈夫だったかな。  そう言って外を眺める君の隣でまた思ったんだ。こういうの、いいなぁって。 「えっと、日向って、玉子焼きは甘いの? しょっぱいの? うーん……」  朝食作りの手を止めて、味付けに悩んでるところで日向がキッチンとリビングのあるほうにやってきた。 「ぁ、伊都、ごめん。朝食手伝うよ」 「長かったね。大丈夫だった? お母さんたち怒ってない?」  親に帰りの時間を知らせてたんだ。雪で交通網は大混乱ってなってたから。 「あ、うん。大丈夫。もう少し雪が溶けてから気をつけて帰ってきなさいって」 「そっか」 「あ、伊都……」 「んー?」  サラダはレタス千切るくらいでいっかな。睦月は朝食作るの上手なんだよね。パパッとイイ感じのを作ってあげる。そんで、それを食べるお父さんは世界一のごちそうを食べてるみたいに笑うんだ。 「伊都に、宜しくって」 「……うん。こちらこそ」  日向の両親は日向が同性愛者って知ってる。そんで俺が同級生の男子っていうことも知ってる。恋をしていることは、まだ知らない。 「あ、あのね、それで……」  日向がクンって俺の手を引っ張った。真っ赤になって、でも、その指先は少し冷たい。あっちの、俺の部屋のエアコン切ったままで電話してたの? ダメだよ。風邪引くじゃん。君のサイズにぴったりの服はまだないのに。  君が風邪を引いたら大変だ。  だって、俺は、君に笑って欲しいから。睦月の作った朝食で笑顔になるお父さんみたいに。まだ、レタス千切っただけで、パパッと、とはいかないんだけど。 「今度、伊都、うちで晩御飯、食べませんか?」 「……」 「い、いやならいいんだ! その、うちの親、ゲイって知ってるし、その、前の学校でのこともわかってて、だから、俺が誰かを好きになるとか、彼氏作るとか、けっこう気にしてて、その、若干、重ためっていうか」 「いいの?」  まだ、睦月みたいにはいかないけれど。 「い、いいの? 伊都、あの」 「もちろん。日向のお父さん達に会えるなんて」 「ああ、あの、あれだよ? すっごく、その色々心配性っていうか、生真面目だから、変なこというかもよ?」  どんなこと? そう尋ねたら、困った顔をした。すごく、すごく変なことだからねって、前を置きまでして、不安気に。 「大事にしてくれるんですか? とか、あの、前のことがあるから、どうしても、そのっ」 「大事だよ」  朝食はまだ下手だけれど、君のことを大事にしたい気持ちはきっと世界一だよ。 「生真面目なの、日向そっくりだね」 「!」 「そりゃ、心配するでしょ」  君のことをとても大切に育てたんだから。君を見てればわかるよ。好きだった奴にひどく傷つけられても、それでも許してあげる優しさと、どんなに一人ぼっちになっても、自分のことを捻じ曲げなかった強さがある。 「い、いの? 本当に?」 「うん。むしろ、めちゃくちゃ嬉しいよ」 「……」 「あ、でも」 「なっ、なに?」  君が慌ててうろたえた。そう、ひとつ心配なことがあるんだ。 「俺、日向のご両親に、気に入ってもらえるかな」 「なっ! 何、言って……そんなの」  まだ子どもだけれど。初めて彼氏に朝食を作るのに、めちゃくちゃ手際が悪いけど。 「そんなのっ」 「でも、ダメでも、気に入ってもらえるように頑張るよ」  まだまだこれからだから。 「そうだ。ね、レタスは千切れたけど、卵焼きは甘いの? しょっぱいの? どっち?」 「え? ぁ、甘いの」 「マジで? 俺、しょっぱいの」 「え?」  そこでガーンってショックを受けた顔をする日向が可愛いなぁって思った。ほら、よくテレビとかでさ、言うじゃん? 味覚の違いって、後々、亀裂の原因になるんだって。夫婦仲の危機? みたいなの。 「じゃあ、両方作ろうよ」  君が玉子焼きの味付けにショックを受けたことが嬉しかった。将来の夫婦仲を気にしてくれたのが嬉しかった。 「え? そんなに砂糖入れるの?」 「けっこう入れるかな。そ、そんなに少しでいいの? しょうゆ」 「うん。だって、しょっぱいじゃん。待って、フライパン出すから」  カチカチってコンロが立てる音が楽しそうだった。 「うわ! 日向、何か上手じゃない?」 「あ、うん。このくらいは……って、伊都……下手だね。上手いって言ってなかった」 「えー? 日向が上手すぎるんじゃない?」  外は雪がすごくて、窓から差し込む朝日はいつもよりも光ってて、白くて、君がキラキラして見えた。 「どう? 日向。味は」 「ん…………ぁ、美味しい」 「じゃあ、俺は日向んちの…………甘いのもけっこう美味いね」 「ほ、ホント?」  君が、笑った。ふわっと、雪みたいに綺麗で、でもあったかくて優しい笑顔。 「うん。また、食べたい」 「!」  見せてくれた。好きな人が作ったご飯でできた笑顔を、君が、俺に。 「伊都のも美味しいよっ」 「うん。ありがと」  味覚が違ってるけどさ、ずっと一緒にいたら、段々似てきて、しょっぱ甘い玉子焼きになるのかな。それとも、テーブルには毎回、しょっぱいのと甘いの両方並ぶのかな。 「あ、伊都、それは、まだ炒めたら」 「え? そうなの?」 「うん。最後で大丈夫」  そうなんだ。知らなかった。  日向がキッチン借りて大丈夫かなってそわそわしながら、テキパキと朝食を作ってくれた。それこそ睦月みたいでカッコよくて、白くて細い指先は綺麗で。 「味見してもいい?」 「ええ? 伊都、それ味見の大きさの一口じゃないよ」  笑った顔が可愛かった。  そんな君を見ながら、そんな君と一緒に朝食を作りながら、思ったんだ。 「じゃあ、いただきます!」 「い、いただきますっ」  こういうのいいなぁ、って、君と向い合いながら、そう思ったんだ。

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