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第53話 この初恋は――

 君に出会ったのは吐息が綿飴みたいに真っ白になる冬だった。  真っ白なコートを着て、真っ白なマフラーをした白い肌の儚げな同級生。そう思ってた。 「あれ? 玲緒君は?」 「あー、彼女と桜が綺麗な公園に行くってさ」  でも、声をかけたら、君は花みたいに赤くなった。とても澄んだ綺麗な声で、俺の名前を呼んでくれたのが嬉しかった。 「そっか」 「川沿いの桜満開だといいんだけど。けっこう、一昨日、風強かったから、っ!」  そう言った瞬間、俺たちの周りを風がかけていって、足元の桜の花びらがクルクルッと踊った。君の、白いマフラーがその風を追いかけるように肩から滑り落ちて、君が自分で切ったばかりの前髪も揺れた。  切りすぎちゃったって照れ笑いしてたけど、俺は、そのくらい短い前髪も良いと思う。似合ってるよ。 「……伊都、ありがと」  マフラーをその細い肩へ戻してあげるとふわりといつもみたいに笑ってくれる。白いマフラーは触れるとふわふわで、優しくて、君に似てる。  君としている恋に似ている。  あったかくて、柔らかい恋の感触。 「ね、日向、喉渇いたからコンビ二寄っていい?」  俺は自転車のカゴにふたり分の荷物乗っけて押しながら、隣で楽しそうにしてる君を眺めつつ、ゆっくり歩いて、少し先にコンビ二を見つけた。  これからふたりでお花見するのに、ちょっとハイキング気分もあったらいいかなって思って。 「あ、うん」 「お財布は持ってるよ?」 「っぷ」  そうそう、最初、日向は儚げで繊細な感じがしたけれど、けっこうよく笑って、よく泣いて、そんでよく怒るんだ。一緒にいる時、キスしてくれないかなぁって、たまに狸寝入りで待ち構えてるのに、毎回、バレてさ。そんですぐ真っ赤になって怒るから、可愛くて、その顔見たさにまた狸寝入りして。  この前なんて、もうバレてるからね、なんて言って鼻摘むから、可愛すぎて困ったくらい。 「あ、日向は? お茶」 「……ぁ」 「え、また、コンポタ?」 「だ、だって、なんか美味しそうで」 「はいはい。喉渇いたからでしょ。日向はコンポタが水代わり」 「ちょ! なんか食いしん坊みたいじゃん!」  ほら、やっぱり可愛い。  でも、案外、食いしん坊だと思うよ? うちで、昨日、俺の次に野菜炒めたくさん食べたの、絶対に日向だもん。 「あ、あと、ついでに、これ出して来ていい?」 「うん」  コンビ二のところにあったポストにひとつ封筒を入れる。 「今月末締め切りだっけ?」 「んー、俺は来月頭のにエントリーしようかなって」 「伊都なら大丈夫だよ」 「……うん」  ライフセーバーの資格試験。それで食べてけるようになるのは至難の業だけれど、なりたいんだ。ライフセーバーに。 「睦月さんとめっちゃ特訓してたし」 「うん」  お母さんを海で失った。その時のことは覚えてないから、当時泣き叫んだらしい二歳の自分がどんなに恐怖を感じたのかは、今の俺にはわからない。けれど、そのあとのお父さんの悲しさは知っている。辛さとか、寂しさとかは、わかってるから。水難救助もいいなって思ったけど、それよりもまず、先に、未然に防げたらって思ったんだ。救うのじゃなく、今の俺は、何事もなく安全な海を作る側にいたいなって。そんで、大学は体育大で、そこでも水泳やって、もっと早くて強く泳げるように。誰も、大切な人を海で失うことのないように。  お父さんは少し不安そうだった。睦月は笑って応援してくれた。玲緒は俺らしいねって言って、やっぱり笑ってた。日向は――。 「応援しに行くね」 「ありがと」  静かに手を握ってくれた。 「じゃあ、今度、俺の頭でカリアゲ練習していいよ?」 「っぷ! ちょっ、伊都! コンポタ零すとこだったじゃん!」 「や、本気で」  日向は美容師を目指してる。聞いた瞬間、すっごいイメージできたんだ。君の白い指が髪をリズムよく切っていくところを。今回前髪は失敗しちゃったけど、きっとなれる。綺麗でかっこいいスタイリストになれるよ。 「や、無理。伊都のファンに怒られる」 「いないよ、そんなファンなんて」  俺たちの恋はごくわずかな人だけ知っている。普通に恋はしているけれど、言いふらしたいわけじゃないから。 「いるよ! 告白されないだけで、その、それ」  そう、告白とか、あと、女の子紹介されたりとか、そういうのはぱたりとなくなったんだ。 「この指輪があるからね」  そこで真っ赤にならないでよ。君の胸のとこ、大事な鼓動に重なるように、その胸にも同じ指輪がネックレスになって、あるでしょ? 白い胸に光るシルバーの指輪はまだ安いものだけれど。  ――ずっと、一緒にいよう。  まだ拙いプロポーズをした日から、俺の指と、君の心臓に光る指輪。大人になって、俺はライフセーバーとして生計はさすがに無理だから、仕事しながら、セービングやって、君は美容師で、そんでふたりで海辺に住むとか。  まだ夢物語だけれど。 「あ、日向、桜、すごいよ」 「……」  でも、きっと夢じゃなくなるよ。 「うわぁ……満開」 「すごい……綺麗……」  桜に見惚れる君の横顔が何より綺麗だと思う。何より、好きで仕方がないから、夢になんてしない。 「日向、写真撮ろう」 「え? どうやって、あの」 「こうやればいいでしょ」 「!」  ぎゅっと、君の桜色の頬にほっぺたもくっつけて。 「い、伊都っ」 「はい、ちーず」  あの冬空にいた君は白くて、まるで雪でできたみたいだったけれど、触れたらとても温かかった。  ――白崎? それ、括りつけるの、手伝おうか?  声をかけて、触れてみたら、それは一生ものの優しい色をした、柔らかくて、甘い初恋だった。

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