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第5話

でもその『とっておきのヒント』を貰ってもなお、俺は正解に辿り着けそうになかった。その代わりに、絶対に有り得ないだろう、あるいは有り得てはいけないある1つの疑念が湧いてくる。 それを否定してほしくて、俺は質問に質問を返した。 「まさかお前、俺のことが好きなのか……?」 自意識過剰だとバカにされてもおかしくないセリフ。だがそれを言った俺の声は震えていた。もしそうだったら、俺は自分を赦せない。カズの幸せを俺が奪うなんて、あってはならない。 「その質問には答えられないかな。『好き』なんて感情は、僕が亜紀ちゃんに向ける感情のほんの一部でしかないから」 その言葉が肯定なのか否定なのかを考え続ける俺に笑いかけて、彼はこう続ける。 「僕はね、亜紀ちゃんの全てがほしい。怒りも幸せも、その全ての感情が」 『全てがほしい』 その言葉は先ほどの質問を肯定しているようにも取れて、それと同時に恐怖も感じさせた。 俺が意図的に避けていたのだから、話すことはおろか、彼と目を合わせたことだってない。 それなのに、こんなにはっきりとそんなことが言える理由が分からない。 「答えを教えてあげる」 ただ1つ言えるのは、こんなはずじゃなかったということだけ。隼斗の言動は全てが予想の範疇を超えていて、理解しようとすればするほど脳が疲弊していく。 「亜紀ちゃんが断れば、僕が和佐を傷付ける。酷いことを言って別れるかもしれないし、和佐が嫌がることを強要するかもしれない」 それでも彼の声は止まらなかった。俺の選択肢を1つに絞るための自信たっぷりな声は、俺が首を縦に振るまで止まらないらしい。 「亜紀ちゃんが僕に抱かれてくれるなら、その間は僕も和佐の良い恋人で居てあげる。もちろん、僕たちの関係を和佐にバラすこともしない」 カズの為。 俺が断れば、カズが傷付く。 ぼんやりと理解したその事実が、じんわりと心の中に染みていく。 「ね、亜紀ちゃんは断れないでしょう?」 嫌味なくらいに隼斗の攻撃方法は的確だった。 何を失っても困らない俺が、唯一守りたいもの。 それを人質に取られれば、頷かざるを得ない。 頭では分かってるんだ。これは浮気だと、俺はカズを裏切るのかと。でもバレなければ、バレることさえなければ俺はカズを助けることができる。 「大丈夫。僕は嘘が得意だから」 その言葉だけは信頼できると思った。 目の前の俺を追い詰める隼斗と、カズに優しかった隼斗。どちらも同一人物のはずなのに、まるで違う人のように性格が違う。それを使い分けられるのは、日頃から嘘に慣れている証拠だから。 そういうところだけ自分と似ている彼に、確かな嫌悪の感情が湧く。 それでも、俺の答えは決まっていた。 「いつまでなんだよ」 口から出たのは、受け入れることを精一杯の婉曲表現で表した言葉。 そんな俺の前で、彼はその綺麗な顔に満足げな笑みを浮かべる。 「僕が飽きるまで」 そう言って彼は携帯を取り出した。そのカバーはカズの物によく似ていて、心臓がチリチリと痛む。 「じゃあ、まずは連絡先教えてよ」 嫌々ながらも自分の携帯を操作して、隼斗の名前を友達に追加した。……本当に『友達』だったらどれほど良かったことだろうか。 「意図的に無視したら約束の破棄と見做すから」 それに返事はしなかった。けれどきっと俺が無視できないことを彼は分かっている。 「またね、亜紀ちゃん」 『またね』の部分をやけに強調して、彼は颯爽と歩いていった。 新しい友達に表示された名前をタッチして、次に削除を押そうとする。もちろん削除の文字に指が触れることはなく、触れる真似だけをしては携帯の電源を落とした。 「……ごめん」 溜息と共に溢れたのは、唯一で特別で親友の相手に向けての謝罪。 ひたすら心の中で謝ることしか、今の俺には出来なかった。

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