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第19話

古典、数II、英表……寝不足だというのに、今日はやけに頭を使う教科が多い。普段は完璧にしてくる予習も、昨日の状態では取りかかる気分になれなかった。アドバンテージ無しの授業は、いつも以上に神経を使う。 小さい頃は特に母が厳しく、昔から勉強することには慣れていた。だから、勉強は嫌いじゃない。頑張れば点数が自分を評価してくれるし、賢いというラベルがあれば、カズに頼ってもらえることも増える。実際隼斗が現れるまでは、テストの度に2人で勉強会だってしていた。 先生の流れるような声を聞きながら、大切な情報だけを見極めてペンを走らせる。集中してしまえば思いの外時間は早く過ぎ、気付けばもう昼休みになっていた。 「購買行ってくるから少し待ってて!」 そう言って走り去っていくカズを目で追いながら弁当を取り出し、そういえば手を洗っていないと気付いて立ち上がる。 そして戻ってきた教室には、カズとあと1人……求めていない人物の姿までがそこにあった。 「やっほー、亜紀ちゃん。昨日ぶり」 「購買で隼斗に会ったから、どうせなら一緒に食べようと思って」 何故、と問うよりも先にカズが答える。隼斗が行くと言ったのなら迷惑そうな顔をするところだが、カズ自身の希望というのなら、俺に断る理由はない。 了承する代わりに広げたお弁当を端に寄せれば、隼斗が小さく「ありがとう」と言って横に座った。本当に昨日とは別人みたいで、『カズの恋人』としての隼斗となら仲良くできそうなのにと思う。 3人で1つの机を囲んでの食事。特に好奇の視線を向けられないのは、隼斗が『カズの友達』として教室の空気に溶け込んでいるから。 人はどうしたって、自分の理解の及ぶ範囲のことしか共感できない。それを分かっているから、カズは無闇に自分を同性愛者だと言いふらすような真似はしなかった。自分と隼斗と、そして周りの為にも。 優しくて、人を笑顔にする天才で、だからこそ他人の視線に敏感なカズらしい選択。 その例外が俺だった。「亜紀には言っておきたいんだ」と言われて告げられた事実は、例外に選んで貰えたという嬉しさを打ち消すほどに残酷で。 カズを好きだからこそ、それを否定できない。カズを好きだからこそ、それに共感してしまう。 好きだからこそ、そこまで真剣に考えてカズが選んだ人ならば、俺は何も口出しできない。 「亜紀?もう、また魂抜けてる」 ぼんやりとした視界の中でカズの手が揺れた。思わずそれを掴んで自分に引き寄せようとして、その途端飛び込んできたカズのとは違う声に、ハッと我に返る。 「寝不足?」 判断力の鈍っていた自分に自分で驚いた。もう少しで、カズの指に唇で触れてしまうところだった。 そんなこと、俺はしてはいけないのに。 「昨日遅くまでゲームしてたんだって」 フリーズした俺の代わりに、カズが質問に答える。「へぇ……」と意味ありげに打たれた相槌に、全てを見透かされているような気がした。

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