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書店での出来事 #1 side M(Mikako san)
行きつけのショッピングモール内にある書店で、今まさに店から出ようとしている男性に目を奪われた。誰かに見惚れる…こんなことは十数年の人生で初めてのことだった。恐らく40代位のこのオジサマを一言で例えるなら美人。でも、きれいなだけじゃなくて…儚げな感じがミステリアスで非現実的な何かを感じさせた。妖精と人間のハーフ…こんな言葉がしっくりくる。
どんな声してるのかなぁ?
声聞いてみたいなぁ…
でも、いきなり話し掛けたら不審者確定だよなぁ…
入口の手前辺りでオジサマとすれ違った。その瞬間、オジサマが突然よろけた。ふわっと…まるで風に煽られるように。静かに。
「だっ、大丈夫ですか?」
思わずオジサマの腕を取った。
「だ…大丈夫…です…すみません…」
小さな声でそう返して、オジサマは体制を整えようとするけれど、再び小さくよろけた。
「本当に大丈夫ですか?ひとまず、あのベンチに座りましょうか?私に捕まって。」
「でも…」
「気にしないで。さっ!」
半ば強引にオジサマが手にしていた書店の袋を取り、近くのベンチに二人で並んで座った。10分程経った頃、オジサマはもう大丈夫と言った。
「本当に大丈夫?」
「はい…ちょっと…立ちくらみしただけだから…」
「あっ、そうだ!良かったら飲んで。さっき買ったばかりなの。」
書店へ行く前に買ったペットボトルのお茶を差し出した。
「でも…」
「オジサマは『でも』ばかりね。困った時はお互い様でしょ?そんなの高校生だって知ってるよ。さっ、遠慮しないで。」
差し出したものの、オジサマはペットボトルを手に取ろうとしない。何故か右手を庇うように左手を覆い被せていた。よく見ると、右手が若干震えている。
「オッケー!私に任せて!」
私はペットボトルを開封し、もらうばかりで、なかなか登場する機会のないコンビニのストローを入れて、再度オジサマに差し出した。
「これなら飲めるでしょう?私が持ってるから安心して。」
「あっ、ありがとう…」
オジサマは安心したように一つ息をして、お茶を口に含んでいく。五分の一ほど飲んだところで飲むのを辞めた。
「もう大丈夫です…本当に助かりました…ありがとう…お茶代払います…」
「いいの、いいの。さっきも言ったでしょ?困った時はお互い様だって。それよりオジサマ…ここへは一人で来たの?」
「いいえ…息子と…」
「良かったー!息子さんがいれば安心だね。一人だったら心配だもん。」
「お嬢さんは本当に…優しい方ですね…」
「へっ?おっ、お嬢さん?」
「えっ?」
「お嬢さんって私のこと?」
「ええ…」
お嬢さん…なんて素敵な響なんだろう。そんな風に言われたの初めてだった。この言葉だけでも照れくさいのに、こんな美人から言われて、私はかなり恥ずかしかった。オジサマは小首を傾げて、不思議そうに私を見つめていた。薄茶色の瞳がツヤツヤしてとてもきれいだった。
「ああ、ごめんなさい。うち父子家庭で、兄弟も兄貴ばかりで…そんな家で育ってるから、『お嬢さん』なんて呼ばれたの生まれて初めてで…」
オジサマは小さくうふふと笑った。オジサマの笑顔はあまりにも眩しくて、またもや見惚れてしまいそう。私はそれをごまかすように話題を変えた。
「あっ、そうだ!飲みかけのお茶、本の袋の中に入れても大丈夫?あっ、でも本がダメになっちゃうかもだから、辞めた方が良い?」
「大丈夫…ありがとう…」
書店の紙袋を開封すると、そこには私の大好きな作家の新刊が入っていた。これは今日、私が目当てにしていた本だった。
「あっ、里中真祐。オジサマも彼のファンなの?」
「うん…まあ。」
「良いよね〜里中真祐…私も大ファン。今日はこれを買いに来たの。私ね、将来小説家になりたいの。目指すは彼なんだ。あんなに素敵な文章、私にはとても無理なんだけど…」
「そんな…」
「大丈夫!正直、そんな悲観はしてないんだ。私にしか書けないものもあるって信じてるから。私ね、バイト代のほとんどを本に費やしてるの。色々な作家さんがいて、『ああ、図書館でも良いかな』って本もあるんだけど、里中真祐だけは別!何があっても買うことにしているの。だって、絶対に読み返したくなるんだもん。いつか彼の本を全部揃えて、読破するのが、夢っていうか目標なの。」
「それじゃ…その本…良かったら…どうぞ。お嬢さんに差し上げます。」
「えっ?そんなの悪いよ…オジサマだって里中真祐のファンなのに…」
「じゃあ…お茶のお礼ってことでどうかな。」
「里中真祐の新刊と100円のお茶だよ?釣り合ってないよ。そんなの里中真祐に失礼だよ。」
「ううん…とても親切にしてくださって…本当に助かったし…それに…里中真祐も僕が持ってるより、お嬢さんが持ってた方が喜ぶと思うな…その本。」
「そうかなぁ…」
「そうだよ…」
「でも本当に?本当に良いの?」
「ええ。実はね、その本…もう持ってるの。しかも、読み終えたし…」
「えっ?じゃあ何で?」
「家にあるのはもらったものでね。少しでも彼に協力しようかなって思って…」
「オジサマ、生粋のファンなんだね。でもなぁ…やっぱり申し訳ないような…」
「じゃあ…その代わり聞かせてくれないかな…その本の感想。知りたいんだ。他の人がその本をどう思うのか。君みたいな小説家志望の方は特に。」
「分かった!じゃあ、来週ここに来れば良い?」
「ごめんなさい…僕はあまり約束が出来ない性分で…」
「じゃあ、紙に書いて送るよ。どこに送れは良い?」
「それじゃ…お嬢さんが大変でしょう?」
「ううん。だって、私はお金が浮いたワケだし、これぐらいはしなくっちゃ。」
「じゃあ…別荘地行きのバスの終点に『Evergreen』っていうカフェがあるから、そこに送ってくれるかな?そこの店主とは懇意にしているから…もし近くに用事があるようなら直接行っても構わないよ。ただその際は、君のお気に入りの里中真祐の本を持ってきてくれないかな?悪い様にはしないから…」
「オッケー!」
私は里中真祐の本を無料でもらう代わりに、見ず知らずのオジサマに本の感想文を送るという奇妙な約束をした。その直後、前方から『パパぁ』という声が聞こえた。その声の主にオジサマは反応し、小さく手を振った。
前方から笑顔で走ってくるのは、これまたイケメン。笑うとクシャってなって、めちゃめちゃ可愛い!大学生ぐらいかな。それなのに『パパ』だって。でもまあ、このオジサマだったら『お父さん』っていうより『パパ』の方がお似合いだね。
「どうしたの?疲れちゃった?」
「あ…さっき…立ちくらみを起こしてしまって…このお嬢さんに助けてもらったんだ…」
「えっ?」
笑顔から一転、お兄さんは真剣な表情になって、オジサマの額に触れた。それから安堵の息をこぼし、私に礼を述べた。
「父がお世話になり、ありがとうございました。本当に助かりました。」
「私は何も…それなのに返って素敵な物を頂いてしまって…」
「素敵な物?」
「そのお嬢さん…里中真祐のファンなんだって。」
オジサマはまた、うふふと笑った。すると、何故かお兄さんもくしゃくしゃの笑顔を見せた。
「そう!それは重ね重ねありがとう!」
「はっ?」
「いやいや…失礼だけど、君、名前は?」
「未華子。矢島未華子。」
「未華子さんね。未華子さん、本当にありがとう!」
お兄さんは頭を下げると、オジサマの手を取った。オジサマは立ち上がると、お兄さんの腕に自身の腕を通した。その一連の仕草は、あまりにも自然で絵になっていた。二人は私に頭を下げると、歩き始めた。そう言えば…
「あっ、あの…」
「うん?」
二人は振り返り、美人とイケメンの視線に私は一瞬怯んだ。
「あの…オジサマ…お名前は?感想文届けるのに名前知らないと宛名も書けないし…」
オジサマは少し困った様な顔をしてお兄さんを見つめた。お兄さんはオジサマを見て、またくしゃくしゃと笑った。
「…岩崎…父は岩崎冬真。俺は直生。」
そう言ってお兄さんは私にも、くしゃくしゃとした笑顔を見せた。
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