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書店での出来事 #2 side M

オジサマと交わした約束から10日。 私は『Evergreen』の前に立っていた。一度は郵送しようと思った感想文。考えを変え、お店に行ってみようと思ったのは、オジサマに会えるかもしれない…そう思ったから。私はあの日以来、小説を書いている。主人公のモデルはあの冬真オジサマ。作品をもっと深いものにするために、オジサマに会って、もう少しお話がしたかった。 深呼吸を一つ。店の中へ入る。 「いらっしゃいませ。」 店にいたのは店主とおぼしき50代位の男性。この人もかなりのイケメン。でも…どこかで会ったことがある様な… 「お一人ですか?」 「あっ、はい。」 「お好きなお席にどうぞ。」 「閉店間際にすみません。学校の帰りに来たものですから…あの…私、矢島未華子といいます。先日、岩崎冬真さんとある約束をしまして…」 「岩崎?」 「ええ。ご存知ないですか?岩崎冬真さん。ここの店主さんと懇意にしてるっておっしゃってたんですけれど…店主ってあなたのことですよね?」 「ええ、私は店主で冬真とは懇意も何も…えーっと…矢島さんだったかな?ごめんね。もう少し詳しく話してくれないかな?話しがさっぱり見えないんだ。」 「わかりました。」 私は10日前の出来事を店主に話した。話の途中から店主は徐々に笑顔になっていく。笑顔がとても爽やかな人で、若い頃はさぞかしモテただろう。うちのお父さんとは大違い!話を終えると店主はとうとうクスクスと声を上げて笑い出した。 「ごめんなさい。私、何か変なこと言いましたか?」 「いやいや。君は何も悪くないよ。いやぁ…あの冬真がね…うんうん。ああ、ごめん。遠いところわざわざ来てくれてありがとう。今、コーヒー淹れるね。良かったら、ケーキも食べてって。もちろん、俺の奢り。」 「でも…」 「俺の自信作だよ。食べないと後悔するよ、きっと。それに…冬真を助けてくれたお礼。君に助けてもらわなかったら…そう考えるとゾッとするよ…」 直生と名乗った彼の息子さんの表情が目に浮かんだ。あの時の笑顔から一転した時の焦燥した表情。 「オジサマ…どこか悪いんですか?」 「…生まれつき…心臓がね。あの日みたいに外出出来て、一人で本屋に行けるって、そうそうないことなんだ。」 「……そっか……だから、約束が出来ない性分って言ってたんですね。」 「まぁね。今日、君が訪ねて来てくれたって聞いたらスゲー喜ぶんだろうけど…今日は外出は無理そうだな。ずっと微熱が続いていてね。こういう時が一番重要なんだ。悪い方へ転ばない様に注意してないと…」 「随分詳しいんですね。オジサマのこと。」 「ああ、ごめん。まだ名乗ってなかった!俺は葉祐。冬真の亭主。」 「えっ?亭主?」 「そう。俺は冬真の旦那様で、冬真は俺の旦那様。」 「あっ、なるほど!」 「改めまして、未華子さん。冬真を助けてくれてありがとう。」 「いや、私は何も…当たり前のことしただけだし…」 「今、電話するから待ってて。」 「電話って?誰に?」 「息子。」 「直生さん?」 「いや、もう一人の方。次男ってとこかな。」 「もう一人?」 「あっ、そうそう本は持って来た?君のお気に入りの本。」 「ええ。」 私は里中真祐の本の中でも、一番のお気に入りを鞄から取り出した。 「オッケー!これがないと冬真の粋な計らいも無駄になるからね。」 葉祐さんはスマホを取り出し、息子さんへ連絡をした。息子さんが出たのか、私が説明したことをそのまま話し始めた。程なくして、 「何だよ〜お前知ってたの?知らないの俺だけ?まぁ、とにかく今、店に来てくれてるからさ。うん、よろしく。」 と言って通話を切った。私にはさっぱり分からなかった。 息子さんを呼んでどうするんだろう。 家族総出でお礼を言われるのかな? ホント当たり前のことしただけなのに…

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