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MNM (Mikako no mousou) #1 side M

「未華子ちゃん、一段落したからもう上がって。それと良かったら、これ食べてって。」 葉祐さんがいるカウンターを見れば、そこにはコーヒーとチョコバナナタルトが置かれていた。これは私がずっと気になっていたケーキの一つ。 「うわぁ〜ありがとうございます!実はすっごく気になってたんです。このチョコバナナタルト!閉店まで残ってたら買って帰ろうかなって。」 「やっぱりね。接客中もかなり熱い視線を送ってたから、そうじゃないかなって思って1ピース取っておいたんだ。」 「えっ?本当てすか?イヤだ…私ったら…恥ずかしい…」  「うそうそ、冗談。」  「もぉ!葉祐さん!」 葉祐さんはこんな時でも、爽やかに楽しそうに笑う。今日一緒に働いて気が付いたの。葉祐さんは周りの人を笑顔にする天才。彼の笑顔は最強だって。それでも開店してまもなく、このバイトを引き受けた事を私は後悔した。理由はお客さんの痛いほどの鋭い視線。言葉にするならば警戒、嫉妬、猜疑。殺伐とした空気が店に流れた。その視線の一斉に浴びて、すっかり萎縮してしまった私を助けてくれたのは、やっぱり葉祐さんだった。 『この子、未華子ちゃん。俺の遠縁。』 この一言でその殺伐とした空気は一変し、とても穏やかなものに変わった。私が遠縁だという嘘は、Evergreenに関するSNS上を駆け巡り、それ以降は誰も私に鋭い視線を向けなかった。 「葉祐さん?」 「うん?」 「遠縁だって言ってくれて、本当に助かりました。私…浅はかでした。昨日ネットで調べて、どんなお店だか知っていたのに…イケメン揃いの大人気カフェにどこの者とも分からない小娘がいたら、そりゃあ、皆さん懐疑の目を向けるはずです。葉祐さんの一言で、気持ちが軽くなって、とても楽しく働けました。ありがとうございます。」 「いやいや、あの子達もさ、悪気はないと思うんだ。許してやってね。お目当ての俊介さんや直生がいないなったから、ちょっとだけ八つ当たりしちゃったんじゃないかな。未華子ちゃんには嫌な思いをさせてしまって申し訳なかったね。でも、これに懲りず、また遊びに来てよ。冬真も未華子ちゃんに会いたいと思うし…あっ、手紙ありがとう。帰ったら直ぐに渡すからね。」 葉祐さんはまた爽やかに笑う。この人、自分の魅力に全く気が付いてないんだろうな。葉祐さん目当てのお客さんだってたくさんいるのになぁ…爽やか系鈍感イケメン…女の人泣かせだね、これは。あの冬真さんでも、やきもきするのかしら? 「未華子ちゃんが店を手伝ったって聞いたら、冬真はどんな顔をするかな。」 そう言う葉祐さんは、真祐さんの言う通り、冬真さんのことを考えたり語るときはとても幸せそう。 「お加減どうなんですか?冬真さん…」 「平熱にはなってたけど…万全って感じじゃなかったかな。微熱が続くとさ、結構辛いじゃない?でも、未華子ちゃんが店を手伝ってくれたって言ったら喜びそう!スゲー驚くんだろうなぁ。冬真ってさ、普段は美人だけど、驚いた時の顔はめちゃめちゃ可愛いんだよ。」 臆することなく、さらりと公然ノロケ。私は思わずクスリと笑う。 「ああ、すみません。真祐さんが言った通りだなぁって思って…」 「真?アイツ何言ったの?ホント俺のことすぐディスるからなぁ。」 「葉祐さんと冬真さん、二人は子供の頃からの付き合いだけど、葉祐さんは今でも冬真さんのことが大好きで大好きで堪らないって。」 「そりゃ、間違いない!もうさ、許されるならずっとそばにいたいよ。どんな表情も仕草も見逃したくないんだ。」 「ここまで愛されるなんて幸せですね。冬真さん。」 「そうかなぁ…そういう冬真がそばにいてくれて、俺の方が断然幸せと思うけど。」 またまた公然ノロケ。ごちそうさまです。でも、こういう考え方をする葉祐さんにこんなにも大切に思われて、やっぱり冬真さんは幸せなんだと思う。二人はどうやって知り合ったのかな?子供の頃からの付き合いって言ってたよね…じゃあ…小学生ぐらい?葉祐さんが6年生だとして…冬真さんは1年生?いやいや、冬真さんはもう少し若く見えるから、幼稚園生ぐらいかな?笑顔が爽やかなお隣のお兄ちゃんと、それに憧れる年下の美少年。幼なじみで育んだ愛…はぁ、素敵!これで小説が書けそうじゃない!きゃあ〜♡ 「未華子ちゃん?大丈夫?」 張り巡らしていた妄想から我に帰ると、葉祐さんが不思議そうに私を見つめていた。 「だっ、大丈夫です。すみません…ちょっと考えごとをしてしまって…」 「それなら良いけど…」 スマホの着信音が響き、葉祐さんは慌ててスマホを手にした。私も慌ててコーヒーを啜る。 ふぅ〜危ない!危ない! 葉祐さんと冬真さん…二人の妄想はあまりにも楽しくて尽きることないね。楽しくて楽しくて仕方ない!小説のネタ帳の他に、妄想ノート作らなくちゃ!帰りにノート買って帰ろうっと。 秘密の趣味が一つ増えちゃった♪

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