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救いの女神 #1 side Y

「おはよう!」 「……は…よ……」 力強さはないものの、挨拶が返って来ること。それは冬真の意識がきちんとこちらに向かっている証。たったそれだけのことが、俺をひどく安心させた。額を触れば昨日ほどの熱さは感じられない。人知れずホッと胸を撫で下ろす。 「もう少し横になる?」 「ううん…起きる…」 「そっか、ゆっくりな。」 起き上がろうとするけれど、数日間続いた微熱は思いの外、冬真の体力を奪っていた。観念した冬真は、俺に抱きつこうとする仕草を見せた。 「よし!任せて!」 冬真を抱き起こし、背中に大きめのクッションを滑らせ、そこに冬真の体を預けさせた。冬真は小さく吐息を漏らす。 「メシは?食べられそう?」 冬真は首を横に振る。悲しみに満ちた瞳が物語る。迷惑ばかり掛ける自分。自己嫌悪。 「おいおい、そんな顔すんなよ〜誰だって食欲ない日ぐらいあるだろ?食べたくなったり、食べたいなって思ったものがあったら遠慮なく言えよ。」 隣に座り、頬にそっと触れると、冬真はそのまま俯いた。 そんな顔しないで…俺の最愛の天使… 「あっ、そうだ!矢島さん覚えてる?本屋で助けてもらった…」 「未華子…さん?」 「そう!そう!その未華子ちゃん。一昨日、例の感想文持って店に来たよ。ほらっ。」 封筒を差し出すと、ちょっと眩しそうに封筒を見つめ、大事そうに受け取った。 「真くん…」 「大丈夫!真もきちんとお礼が言えたって喜んでた。未華子ちゃん、最初はスゲー驚いていたけど、歳も近いし、共通の趣味も相まって、最後の方は小説の話で盛り上がっててさ、二人共とても楽しそうだったよ。ああ、それから、これ!」 もう一通封筒を差し出す。 「これ…は?」 「実は未華子ちゃん、昨日も来てくれてね。こっちは冬真へお見舞いの手紙だって。それに、店も手伝ってくれたんだぜ。」 「えっ?」 ずっと伏し目がちだった瞳を丸く見開いて、頬を桜色に染めた冬真。 ほらね、驚きを隠せない冬真の表情はやっぱり可愛らしい。少しは元気になったかな。 「素敵なプレゼントをたくさんもらったから、少しでも恩返ししたいって。それにそうすれば、自ずと冬真への見舞いの手紙も持って来られるから、自分にとっても都合が良いってさ。ホント良い子だよなぁ。仕事もとても丁寧だったし。」 「葉祐?」 「うん?」 「読んでも…良い?」 「当たり前だろう?冬真宛てなんだからさ。」 手紙を読み始めて程なく、冬真はクスクスと笑い出す。 「何?おもしろことでも書いてあるの?」 「ねぇ…葉祐?」 「うん?」 「家に…アイスクリーム…ある?バニラ味…」 「あるけど何で?」 「僕の…一番年下の友達が…食欲がない時は…アイスクリームだって。そうすればすぐに元気になるって…」 冬真はその手紙を読んでとばかりに俺に差し出した。そして、にっこりと微笑んだ。これはいわゆる満面の笑みってヤツで、いつも遠慮がちに笑う冬真にはかなり珍しいことだった。手紙を見せてもらうと、そこには冬真の体調をとても心配していること、冬真が真の父親だと知ってとても驚いたこと、真と小説の話が出来たことは、とても勉強になったこと、Evergreenで過ごした時間は最高のプレゼントになったと書かれていた。そして、最後に 『おじ様、食欲がない時はアイスクリームがオススメだよ!特にバニラ味!バニラならそこそこ栄誉ありそうだし、冷たくて甘くて意外とペロリと食べられちゃうよ。これで元気になること間違いなし!まぁ、私の場合、食べ過ぎて逆に太っちゃうこともあるんだけど、おじ様はスタイル良いから全然平気!ホント羨ましいぞ! 一日も早く元気になりますように。 お元気になったら、またお会いしたいです。 それから私と友達になってください。おじ様の一番年下の友達になれる日を夢見て…未華子』 と書かれていた。 「あー未華子ちゃん、残念!」 手紙を読み終えた俺は、少しオーバー気味に天を仰いだ。 「何で?」 「一番年下の友達っていう行だよ。残念ながら違うんだな。だって、そうだろう?冬真の一番年下の友達は理くんだもん。」 「あっ…」 「未華子ちゃんは、正確には冬真の一番年下の女友達だな。」 「でも…良いのかな…こんなおじさんを…友達なんて…」 「まぁ、本人が言ってるんだから、良いんじゃねーか?それに……」 「それに?」 サイドテーブルの引き出しから手鏡を出して冬真を映す。 「ほらっ!ここにはおじさんじゃなくて、とても美しい妖精と人間のハーフが映ってる!」 「えっ?」 冬真は一瞬呆気に取られたが、程なく二人が映る様に手鏡の角度を変え、呆れ気味に言う。 「映っているのは…どう見ても…おじさん二人でしょ?」 「えーっ?違う!違う!」 「違わない…」 「じゃあ、じゃあ、おじさんと天使!これだけは何があっても譲れない!」 「じゃあ…天使は葉祐で、おじさんは僕だね…」 「いやいや…」 冬真はずっと笑ってる。 ありがとう!未華子ちゃん。 未華子ちゃん、君はどんな時も冬真を苦しみから救ってくれる。 冬真が妖精なら、君は救いの女神だな…きっと。

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