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院内学級のボランティアから帰ると、『ただいま』の挨拶もそこそこに、冬真はアトリエに消えた。
どうした?いつもと様子が違うじゃない。
いつもなら、仔犬みたいに俺のそばから離れないくせに...
何だよ...俺と離れていても平気になったってこと?
それならそれで良いんだけどさ...
正直...ちょっと寂しいよ...
しばらくすると、何だか分厚い本を片手にリビングに入って来た。ソファーに座り、本のページをめくり、あるページでその手を止める。それから...愛しそうにそのページを撫でた。
「冬真?」
俺の呼び掛けに冬真はビクっと体を震わせ、驚きの表情でこちらを見た。
「あっ...あれ...?いつからいたの?」
「ずっと。じゃなかったらお前、家に入れないだろ?」
「あっ...そうだね...ごめん...」
「それよりさ、何見てたの?」
俺が本を覗こうとすると、
「だめっ!」
冬真は慌てて本を閉じた。
「おいおい...」
「ご...ごめん...」
冬真は何故だか頬を朱に染めていた。
それからずっと、冬真は俺の目を盗んでは、あの本を開いていた。夕飯の仕度を始めた頃が一番酷くて、俺の様子をチラっと伺っては、その綺麗な指で本を撫でる。その時の表情がとても柔らかで美しく、見とれそうになる反面、大人げない俺は、本に嫉妬しはじめていた。
「冬真?」
「うん?」
「もうすぐご飯。本、片付けて!」
ぶっきらぼうな物言いに、冬真は怪訝な顔で俺を見つめた。
「ようすけ...どうしたの?」
「別に!」
「でも...おこってるみたい...」
「別に怒ってないけど、本に冬真を捕られたみたいで嫌なだけ。」
冬真はちょっと惚けたような顔をして、それから、小さい笑顔を見せた。
「ごめんね...じゃあ...いっしょに...みてくれる?はずかしいけど...」
俺をソファーに招き入れた冬真は、本を閉じて表紙を見せた。
「色見本?」
「うん...」
冬真がさっきからずっと見ていた本は色見本だった。表紙を確認した後、冬真はしおりの挟んであるページを開いた。そこには見たことないような色が載っていた。鮮やかでもあり、渋いようでもあり、どっちも形容出来そうな不思議な色...
「青?緑?」
「せいしきめいは『ぶるーかなーる』...ふらんすの...でんとうしょく...」
「『ブルーカナール』。へぇ...綺麗な色だな。」
「うん...このいろ...ようすけの...ばーすでぃからー...」
「バースディカラー?」
「うん...366にち...いちにちごとに...いろが...きまってて...ようすけの...たんじょうび...このいろ...」
「誕生花みたいなもん?」
「そう...いんないがっきゅうの...じょせい...せんせいや...かんごしさんで...はやってて...おしえてもらった...」
「へぇ...」
「ようすけの...いろ...そうおもうと...うれしくて...ずっと...みちゃった...ごめん...」
「えっ?」
「えっ...あっ...あの......」
思わぬ告白に、二人して何だか照れ臭くなって、ほとんど同時に顔を見合わせてから、視線を逸らした。
「俺の方こそ大人げなくてごめん...」
「ううん...」
「この色...格好良いな。」
「うん。ようすけっぽい...」
天然の冬真は、またストレートな告白をしたことに気が付いていない。言えば俯いてしまうので、黙っていることにする。
「そうだ!冬真のバースディカラーは?何色?」
「ぼくは...いいよ...」
「えっ!見たい!見たい!」
俺の催促に冬真は渋々、別のページを開く。見せてくれたページには美しい白が載っていた。
「白かぁ!うん!冬真っぽい!でも...普通の白じゃないよね?正式名はなんて言うの?」
「ほわいとりりー」
「ホワイトリリー?白百合かぁ...綺麗な名前で、ますます冬真っぽい!うん!」
それから二人、パラパラと色見本をめくる。綺麗な色や珍しい名前の色を見つけると手を止めた。すると、冬真が名前の由来やその色に関することを教えてくれた。珍しく饒舌に話す冬真を見ているのは、本当に嬉しかった。
この有意義な時間を夕飯で遮るのは、絶対勿体ない!
だから良いんだ...夕飯が冷めることなんて...
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