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打ち上げ花火 #3 side T

ねぇ、葉祐...僕そんなに似合わないかな?浴衣… 一度見ただけで、それからは全然見てくれないし、何も言ってくれない... さっきからうんうん唸って、僕の前をうろうろ歩くばかり。 何か困ってるんだよね…ごめんね。そんなに困らないで… 僕...花火大会行かなくても平気だよ。 だって...葉祐に迷惑掛けたくないもの。 だからお願い。何か言って...葉祐… お母さんに呼ばれ、和室に入ってきた葉祐は、僕を見詰めるだけで何も言わなかった。そして、話をするお母さんを遮るように僕の手を引き、和室から出て行った。葉祐が向かったのは寝室で、そこでも無言のまま、僕をベッドに座らせ、僕の目の前を右から左、左から右へと唸りながら歩き始めていた。 「う~ん...う~ん...う~ん...」 唸り続ける葉祐を僕はずっと目で追っていた。しかし、葉祐は僕の視線に気付くことなく唸り続け、もう何十往復もしている。葉祐の唸りは、所々で音程が上がったり下がったりを繰り返していて、まるで音楽のようだった。愛する人が奏でるこの音楽に、瞳を閉じ、耳を傾けた。そして、僕はこの音楽からある感情を感じ取った。 葛藤 葉祐は葛藤している。 誰にも言わなかったけれど、僕はこの花火大会をとても楽しみにしていた。あれは葉祐に出会う少し前のこと。僕の体調は悪化する一方で、東京を離れ、岩崎家の別荘に近い病院へ入院することが決まっていた。温暖な気候が何日も続き、眼下に海が見えるこの別荘を、家族全員、とても愛していたという。しかし、そこへ行くには父さんの実家である里中家を通らねばならず、父さんとお母様、二人が姿を消して以来、岩崎家では鬼門とされた。東京を離れ、絹枝さんと病院へ向うその日、新幹線の車窓から打ち上げ花火が見えた。音なんて全然聞こえない、遠くで小さく花開く打ち上げ花火。それでも初めて見た僕は、珍しく興奮気味に絹枝さんに話し掛けていた。絹枝さんはとても驚いた表情を見せ、それから嬉しそうに笑ったんだ。あの時はそれを不思議に思ったけれど、今なら分かる。あの時…僕は久々に未来を、自分の気持ちを語ったんだ。 いつか…近くで見てみたいなって。 あの頃、そう思っていた打ち上げ花火を葉祐の隣で見られる。こんなにも嬉しいことはない。でも、葉祐を困らせるぐらいなら行かない方が良い...絶対。 『行くのは辞めよう』 そう告ようとした時、 「う~ん...」 葉祐の唸り声が突然裏返えり、思い切り外れた音を発した。余りの外れ具合に僕は堪えきず、思わず笑ってしまったんだ。 「うふふふふ...」

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