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打ち上げ花火 #4 side Y

打ち上げられた色とりどりの大輪の花を見て、冬真は一筋、涙を流した。それは美しい涙と横顔だった。あまりの美しさに声を掛けることも憚れるほど… 久々に訪れた社屋の屋上は、冬真の登場で異様な盛り上がりを見せた。 ほぉらね!思った通りだよ。 笑ってしまうくらい想像通り。 俺を懐かしむ声など一瞬にして終わりを告げ、その場にいた者は皆、冬真の虜となった。 ちぇっ。 舌打ちをしたのは心の中でのはずだった。それなのに、それすらも見透かしたかのように冬真は小さな声で言った。 「やっぱり...にあうね...ゆかた。」 「そっ、そっか?」 「うん...すてきだよ...とても。」 いつものように冬真は小さく微笑んだ。たったこれだけのことなのに、俺はすっかり上機嫌。突き刺さるような大勢の視線の中、こちらに大きく手を振る支社長を見つけた。数々の視線をくぐり抜け、二人で挨拶に向かった。 「ご無沙汰してしまい申し訳ありません、支社長。本日はお招きありがとうございます。」 「いやいや、こちらこそ、ご足労申し訳なかったね。元気そうで何より。」 「ありがとうございます。こちら、以前、お話した友人の岩崎冬真です。冬真、こちらは樫木さんとおっしゃって、俺の元上司なんだ。」 「はじめ...まして...いわさきと...もうします。おまねき...ありがと...ございま...す…」 「やっとお会いできましたね。樫木と申します。今日は楽しんでください。」 支社長は冬真に右手を差し出した。支社長に事情を説明しようとした時、 「ての...ふるえが...あります...きっと...へんなあくしゅ...なります...それでも...いいですか?」 冬真は自ら事情を説明した。感慨深かった。以前の冬真なら、手の震えを気にする気にするあまり、握手をためらうばかりで何も出来なかったから。 「ええ。もちろん。」 二人は握手をし、支社長は更に左手を冬真の右手に添えた。 「このままではおツラいでしょう?おーい!誰かこちらに椅子を!」 その言葉を聞いて、一年後輩で営業事務の秋元さんがパイプ椅子を持ってきてくれた。冬真をそこに座らせ、持参したブランケットを掛けた。 「真夏の外で使うには、暑くないですか?それ。」 秋元さんが言った。 「やっぱり?でもさ、体がすぐに冷えちゃうんだ。そういう体質みたいでさ。今日は素足に下駄だからこっちの方が良いかなと思ったんだけど...」 冬真の足に触れると、すでに冷たくなりつつあった。気休めに彼の足を両手で擦り温める。 「靴下持ってきたけど、履く?」 答えはノーだと分かっていたが、持参した5本指ソックスを見せ、尋ねた。やっぱり冬真の答えはノーだった。冬真は芸術家だ。美意識を大切にし、それを損ねる行為を嫌う。浴衣に靴下など風情の欠片もない。当然のことだろう。 「見繕って何かお持ちしましょうか?お飲み物やお食事。」 秋元さんは細部にまで心配りの出来る人で、先程のブランケットのことといい、今のことといい、彼女らしいと懐かしく感じた。 「さすが秋元さん!相変わらずだね。お気遣いありがとう。でも、食事は後でホテルで頂くよ。食事はさ、まだ介助が必要なんだ。皆の前で食べさせてもらうなんて、絶対に嫌がるだろうし、下手すると怒るかもしれないし。」 「それでも...日は落ちたと言えど、まだ暑いです。取り敢えず、飲み物だけでも取ってきます。」 秋元さんがこの場からいなくなると、樫木氏に近況を話した。店のこと、俺自身のこと、冬真のこと。すると、 「支社長ばかりズルいですよ。」 「私達にも紹介してください。」 待ちきれないとばかりに、女の子達が樫木氏と俺の会話に割って入った。 「すまない。すまない。こちらは海野葉祐君。そして、こちらが海野君のご友人の岩崎冬真さんだ。知っている人も多いだろうが、海野君は三年前までうちの社にいたんだ。退職後はカフェの経営されていて、今ではうちの大事なお得意様だ。皆よろしく頼む。」 樫木氏の紹介の後、俺達の前にはあっという間に人垣が出来た。最初こそ驚いていた冬真だったが、その場にいた人に、ゆっくり話すようにお願いしたこともあって、会話を重ねることができ、少しずつ場に馴染んでいった。 ひゅ~~~~~ドォン!! 一発目の花火が上がった。それから次々と花火が打ち上げられていく。その度に、方々から歓声が上がった。 「どお?間近で見た感想は......えっ?」 感想を聞こうと視線を花火から冬真に移すと、冬真は視線を花火に向けたまま無意識に立ち上がり、そのまま5~6歩前へ歩み出た。その歩みはいつもの引き摺るようなものではなく、実にスムーズで、事件前のもの、そのものだった。驚いた俺は、慌てて冬真の隣に立った。見れば、冬真は一筋涙を流していた。その涙の意味は分からない。しかし、本当に美しい涙と横顔だった。 「冬真...」 その美しい涙と横顔にひれ伏すように沈黙していた俺が、やっと彼の名前を呼べた時、冬真は視線を上空の花火から俺に移した。 そして...俺を見つめると、冬真はにっこりと微笑んだ。 そう…これは満面の笑みってヤツ。 この眩しい微笑みにひれ伏すように、俺はまた、沈黙を余儀なくされる。

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