8 / 38

恋慕 #1 side A (Akimoto-san)

「ねぇ、有香ちゃん、知ってる?」 「何を?」 「今年の花火大会の暑気払い、海野さんが来るんだって。」 「えっ...?」 嬉しいような、苦しいような、一気に複雑な気持ちにさせるその話を聞いたのは、同期の下川さんとランチを終えた帰り道だった。 「まさか!」 「本当よ!だって、支社長が言ってたんだもん。」 「支社長が?」 「うん。『やっと来てもらえる』って喜んでたし。」 「そっ...そうなんだ...」 「海野さん、格好良かったよね~」 「まあ...ね。」 「来たのも突然だったけど、辞めたのも突然だったよね~?何で辞めちゃったんだろう。」 「まぁ、人にはそれぞれ事情があるし...」 「せめて告白だけはしたかったなぁ。」 「下川さん、海野さんのこと好きだったの?」 「何言ってるの?有香ちゃん!海野さんのこと狙ってた人、結構沢山いたんだよ!気付かなかった?皆、海野さんの一番近くにいる有香ちゃんのこと、羨ましがってたんだから!有香ちゃんはさ、何とも思わなかったの?海野さんのこと。」 「まあね。好みのタイプとは違うしさ。」 「へぇ~そうなんだ。もったいない!私が代わりたかったよ!」 ううん。これは嘘。大嘘... ごめんね、下川さん。 本当はね、好きで...好きで...たまらなかったよ。 海野さんのこと。 K町のショッピングパークに会社直営のカフェが初出店することになって、本社の企画営業の担当者が三人、N支社に出張で来ることが多くなった。その中の一人が海野さんだった。世間で言うところのイケメン。背が高くて、爽やかな印象の人だった。話してみると、とても優しくて、気さくな人だった。私は一瞬にして恋に落ちた。それから、海野さんの出張が楽しみで楽しみで仕方なかった。何回目かの出張だったか、海野さんの荷物が異常に増えた。 「どうしたんです?その荷物!」 「ああ、ごめん。邪魔だったよね。」 「いいえ。そうじゃなくて、大きなお世話かもしれませんが、いつもより荷物が大きいかなって思ったものですから...」 「出張の後、何日かこっちにいようかなって思ってさ。有給くっつけてきたものだから。」 「そうですか...」 『良かったら、土日ご案内しましょうか?ショッピングパーク周辺とか...』 喉まで出掛かっている言葉。声にしたくてたまらないのに、なかなか言えないでいた。こんなことも言えない自分に、どこかで腹を立て始めていた。結局、出てきた言葉は全然違うものだった。 「泊まるとこ決まってるんですか?まだでしたら手配しますよ。」 「大丈夫、幼馴染みというか、小学生の頃の友達がこの辺に住んでいるんだ。そこに泊めてもらうことになってるんだ。いつもお気遣いありがとう。秋元さん。」 海野さんは笑顔でそう言った。 その笑顔が眩しくて...あまりにも眩しすぎて......私の心は一気のに穏やかなものに変わっていく。 この笑顔が見れたから...言えずに飲み込んでしまった言葉達も、きっと私を許してくれるだろう...

ともだちにシェアしよう!