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恋慕 #2 side A (Akimoto-san)
密かに思いを寄せている海野さんが、異動で本社からN支社に来ることになった。あまりにも急な異動で驚いたものの、これから毎日のように会えるのかと思うと、天にも昇る気持ちになった。後日、支社長から聞いた話によると、N支社への異動は海野さんのたっての希望だったそうだ。しかし、取引先からの信頼も厚く、営業成績もトップクラスの海野さんを本社はなかなか手放すワケもなく、海野さんの希望と本社の思惑は平行線のままだった。しかし、このままでは埒が明かず、本社は三年の期限付きという条件で海野さんの異動を認めた。本社の花形だった海野さんは、この支社に何の魅力を感じたのだろうか?
幸運なことに、海野さんは私が所属する営業チームに配属された。より一層近い場所にいられることを神に感謝した。海野さんはやっぱりここでも花形で人気者だった。そんな海野さんは、意外にも毎日弁当を持参していた。お弁当持参派はチームでは私と海野さんの二人だけだったので、また少し二人の距離が縮まったような気がして、私はときめいていた。
「お弁当、ご自分で作られるんですか?」
「いや、同居人。」
「幼なじみの?」
「うん。」
「やっぱり、量...足りないですよね?」
海野さんが持参するお弁当の量は、私から見ても少量で、海野さんはいつも、おにぎりやらパンやら必ず一品コンビニで買い足していて、私はそれが不思議で仕方なかった。
「まあね。」
「足りないって言わないんですか?幼なじみさんに。」
「そうだね...多分言わないかな。」
「どうして?」
「俺は居候の身だし、それにきっと...悩んじゃうから。アイツ真面目だから。」
「悩む?」
「うん。アイツから見れば、これでも信じられないぐらいの大量なんだ。これが足りないってなると、天文学的な数になっちゃうぐらい。多分、一日中弁当のことを考えちゃうと思うんだ。」
海野さんは思い出したようにクスクス笑った。
「だったら、教えてあげれば良いんじゃないですか?むしろ、最初からお弁当いらないって言っても良いと思いますよ。悩みの元は解消されるし、手間も省けるし...作る方はホント大変なんですから。」
「それも考えたけど...お弁当を作る時ってさ、二人いれば、多分、二人分作るでしょ?」
「ええ、まぁ。」
「弁当箱に入れることはしなくても、少ししか食べなくても、この野菜たっぷりの栄養を考え尽くした同じものをきっと食べる。そういう小さいことを続けていれば、少しずつ体も元気になるかなって。」
「そんなにお悪いんですか?」
「うん。ちょっと油断したら、すぐに悪い方へ転がっちゃう。」
今度は少し寂しそうに笑った。
そっか...海野さんがN支社へ強く異動の希望を出した理由は、きっと、この幼なじみのためなんだ。私がもし、海野さんと付き合うことが出来て、結婚したとしても、きっとこの幼なじみとの付き合いは、切ることが出来ないだろう。ずっと面倒見ていかなくてはならないのだろうか。そんな義務、たかだか幼なじみの海野さんにはないはず。この幼なじみの両親や兄弟は、一体何をしているのだろう?
新年を迎えた。私は相変わらず海野さんに大事なことを言えないままだった。
『良かったら、初詣一緒に行きませんか?』
そんな言葉も飲み込んだ。
正月休みが開けて、出社すると海野さんは休みだった。年末にそんな話は一切していなかったので、ちょっと疑問に感じたが、言わなかっただけかもしれないと、特段気にも留めなかった。しかし、休みが三日続くと、さすがに居ても立ってもいられず課長に尋ねた。しかし、課長は年末、海外旅行に行っていたため、海野さんから直接連絡を受けたのは支社長で、課長も支社長から身内に何かあったとしか聞いておらず、また、可能な限り、本人の希望通り有給を与えるようにと言われただけだった。
週明け、出社した海野さんは別人と思えるぐらいやつれてしまっていた。あれだけ気さくな人だったのに、声を掛けるのも躊躇うほど。
『何があったんですか?私に出来ることがあったら、何でも言ってください。あなたの力になりたい...』
もちろん...言えるワケもない。それでも海野さんは仕事を完璧にこなし、気遣いも忘れないし、優しいところは変わっていない。
ただ...一つ変わったこと...
あれだけ嬉しそうに、美味しそうに食べていたお弁当を持参しなくなっていた。
『お弁当...いらないって言っちゃったんですか...?』
そう聞きたかったが、この言葉もやっぱり飲み込んだ。
そして、その2か月後...
海野さんは突然会社を辞めた。
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