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二人の私 side A (Akimoto-san)

「ぼく...ようすけの...じんせい...くるわせた...」 えっ? 人生を狂わせたって...どういうこと? 海野さんが突然、会社を辞めたことと関係があるんですか? それよりも...何故あなたが海野さんの人生を狂わせるほど、彼にとって大きな存在なのでしょう? 自分でも驚くほど、私の中で両極端の私がいた。 大好きだった人。突然目の前からいなくなって…忘れようと努力した人。その人が自分の人生を擲ってまで守ろうとしている彼を責める様に問い掛けている私。 それから… 「ぼく...いくじなし...ぼくわるい。だから...がんばらないと...」 そう呟く寂しげで儚い彼を、庇護しようとしている私。どうやら少しだけ…庇護したい気持ちの方が強いみたい。彼のために何か言葉を掛けなくては...そう思うのに、何も言葉が見つからない。 どうしよう... 言いあぐねていると、冬真さんは我に返ったように謝り、そして続けて言った。 「ごめんなさい......へんなはなし...きかせて。はなび...たのしみですね...」 「えっ?ええ。」 「ぼく...はじめてみます...はなび...」 「あっ...あの...」 やっとの思いで口を開いたのと同時に、総務の女の子達が待ちきれないとばかりに、支社長に海野さん達を紹介するよう促した。支社長が二人を紹介すると、二人の周りにはあっという間に人垣ができ、私は彼らの後ろ手の位置まで押し出された。興味津々のオーディエンスは、二人に矢継ぎ早に問い掛けを繰り返した。海野さんの表情は、ここからは見えないけれど、私には分かる。きっと苦笑いをしている。 「俺はともかく、冬真にはもう少しゆっくり話してもらえないかな。こういうの慣れてないからさ。」 その言葉を聞いて、皆が会話のスピードを少し落とすと、海野さんは礼を述べ、それからの二人は会話を楽しんでいるように見えた。しかし、私はすぐに違和感を覚え、一番近くのテーブルにあったミルクティーのペットボトルを掴み、給湯室まで急いだ。ミルクティーをマグカップに移し替え、人肌に温め、それを手に、また暑気払いの会場まで急いで戻る。それから、人垣の中心にいた海野さんを引っ張り出し、会場の隅まで手を引いた。 「どうしたの?秋元さん。」 「すみません、海野さん。これを冬真さんに。」 マグカップを海野さんに差し出した。 「これは?」 「ミルクティーです。今、給湯室で人肌に温めて来ました。それを冬真さんに飲ませてあげてください。」 「冬真に?」 「はい。温かい甘いものって、口に含むと少しホッとするでしょう?冬真さん、今、とても緊張しているはずから...」 「何故...そう思うの?」 「だって...さっきと全然違うんですもの。二人で話していた時の方が自然だったし、言葉ももっと流暢でした。今は一生懸命紡ぎだそうとしていて、ちょっとぎこちないです。こんな大勢に囲まれたら誰だって緊張します。それでも、海野さんのために頑張っているんだと思うんです。海野さんに恥をかかせないために…」 海野さんはゆっくりと微笑んだ。とても優しい眼差しの、この人らしい私がかつて愛した笑顔で… 「ありがとう。秋元さん。君にはいつでも助けられてばかりだね。このミルクティー、遠慮なく頂くよ。でも、紙コップに変えさせてもらうね。このマグカップ、きっと持てないだろうから。」 海野さんはミルクティーを移し替えると、私に一礼して人垣の中に戻っていった。それから、冬真さんに紙コップを差し出しながら何か伝えると、冬真さんは振り返り、立ち上がろうとした。しかし、海野さんがそれを制し、冬真さんは座ったままこちらにお辞儀をした。私もそれに返す様にお辞儀をし、それから右手の親指を立て、ウインクをしてから微笑んだ。冬真さんも可愛らしく小さく微笑んで、左手で小さくピースサインをしてみせた。

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