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第2話
邦彦から紹介された戸田山は、突然やって来たもうひとりの戸田山と短く会話を交わすと、さっさと帰ってしまった。大成にはなんの挨拶も無しに。
なにもやる事が無くなり、スタジオから帰ろうとした大成がふと目をやると。戸田山が廊下の掲示板をしげしげと眺めていた。
「夢をかなえる、ライブハウス……個性豊かな、アーティストの、生のピアノ演奏を……あなたの心に、刻もう……演奏者、随時 、募集中」
掲示板に貼られたライブハウスのポスターの文面を、興味深く声に出して読んでいる。あれは……もうひとりの戸田山か?
何気無く横に立つと、ふっと視線を向けられた。
「きみもピアノ好きなら、ライブ聴きに来てみる?」
軽い調子で誘ってみた。このライブハウスは邦彦の行きつけで、大成もたまに聴きに行く。
「ありがとうございます」
明るく礼を言われて、大成はホッとした。知り合ったばかりの双子から両方とも冷たくされたら、なんだか辛い。
「でも俺は、ちっちゃい頃から真面目にピアノ習ってた真にくっ付いてただけで。今日ここに来たのも、大事なもの届けにきただけだから」
しかし誘いはあっさりと断られてしまった。
「でもさ、弟と一緒にピアノ習ってたなら……」
もう一押ししてみよう、と勧誘を続けると、
「真は兄ちゃんですよ」
さらっと遮られた。
「双子ってややこしいな」
「俺達の事、両方とも下の名前で呼んで下さい」
大成が苦笑すると、もうひとりの戸田山も、笑いながら応えた。
下の名前? 彼の呼ぶ兄の名前は「まこと」らしいが、彼が兄から呼ばれていた名前は、男にしては奇妙な名前だったよな。
「カナ、って呼べば良いの?」
「呼びたきゃ呼んでも良いですが。いまのところ、カナって呼ぶのは真だけですよ」
「そしたら、何て呼べば良いんだよ」
笑いながら大成は尋ねる。
「俺は、要 、っていうんです」
もうひとりの戸田山は、はっきりと名乗った。
「かなめ?」
「要点の要、って漢字。ほら、物事の要、とか言うでしょ。まことの漢字は、真実の真。両方とも、物語の大切な部分、って意味だから」
名前の雑学も説明してくれる。なるほど、真実と要点。似てる語意から名付けられたのか。
真と要、ふたりは外観はそっくりだが、大成への接し方は違うな。何故か真には距離を置かれるが、要とは会話も弾むし親しみやすい。
「じゃあ、要くんも演奏してたならさ……」
「俺は呼び捨てがいいです。『くん』ってつけないで下さい」
親近感から会話を戻そうとすると、やっぱり遮られた。
「分かった。これから、要、って呼ぶよ。そしたらさ、要も俺を下の名前で呼んで」
友達は大体が大成を苗字ではなく名前で呼ぶし、大成も自分自身の名前を気に入っている。
「なんて名前でしたっけ?」
そういえば、要には自己紹介をしてなかったな。
「たいせい。漢字では、大きい成長、って書く。完全に成し遂げること、って意味なんだ。そんでもって、名字は長坂。長い坂」
さっきの要からの話の流れで、名前の漢字の書き方と、熟語の説明もすると、
「ふうん……じゃあ今度から、大成さん、って呼びます」
そう言って要は立ち上がった。
「今日はそろそろ帰ります。さよなら、大成さん」
結局ピアノの話は出来ず仕舞いだったな。まあいいや。後で邦彦に訊いてみよう。
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