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第4話
後日、大成はまたスタジオへと足を向けた。
特にやる事も無いスタジオ内で、ひとりうろうろしていると、会いたかった人物の姿が眼に映った。あれは、どっちの戸田山かな? あの雰囲気からすると、多分……。
「よぉ、要」
気軽に呼び掛けると、振り向いた戸田山は、驚いた表情で大成の顔を見つめると。しばらく無言で佇んでいたが、
「こんにちは、大成さん」
笑顔で挨拶を返された。よかった、やっぱり要だったか。ほっとして背負ったギターを降ろした。
「大成さんはギター演奏者なんですね」
しげしげと眺めながら、要は尋ねる。
「人生の目標、とかじゃなく、気軽な趣味だけどな。楽しくやってる」
大成は自身の音楽のやり方を語るとき「下手だけど」とつけないのを心掛けている。自分自身の音楽を貶 すと、昔から一緒にやってる邦彦の音楽も貶すような気がして。
そういえば、要は趣味でもピアノを弾かないのかな? そう尋ねようとすると、
「この前に話したライブハウス、やっぱり行っていいですか?」
突然、要から言われた。邦彦が誘ってくれたのかな。
「うん。っていうか、わざわざ俺に許可取らなくても平気だよ」
嬉しくなって明るく応えると、
「あそこで自分が弾くのも?」
要が質問を重ねてきた。そういえばポスターの、演奏者随時募集、にも興味を示していたけれど。
「急にどうしたんだよ、この前は、別にいいです、みたく言ってたのに」
思わず突っ込んだ質問をすると、
「自分の演奏、多くのひとに聴かせたいから」
真剣な口調から、ふざけて言っている訳ではないと分かる。一緒にピアノ習っていた兄弟が音大に進むので、要もまた演奏への意欲が湧いたのかな。
「ライブハウスには真くんも来るのか? ふたりで弾けばいいじゃん! イケメン双子の連弾、とかって注目集めるぞ」
要と真、ふたりのピアノ演奏を聴きたい大成は、はしゃぎながら誘ってみる。こんな場面を見られたら、また邦彦に怒られるだろうが。
「真は来ません」
しかし、要はきっぱり答えると、大成のほうを見て苦笑した。
「来れません、って方が正しいかな。真はもうすぐ音大生だから……って、母さんから言われてるんですよ」
「だから何だよ。音楽って、音を楽しむもんだろ。大勢のほうが楽しいぞ」
オヤジのような説教をする大成だが、要はぼりぼりと頭を掻く。
「ああいう場所って酒も出すし、まぁ優等生が楽しむ場所ではないでしょう」
そういえば、邦彦からもそんな感じで怒られたな。
もしかして、邦彦も戸田山家の母親から厳しく言われたのか? それで俺にもきつく注意したのかな。
確かに、親から言われているやり方に、他人の大成が反発しても、まだ高校生の要や真を困らせるだけか。
「演奏者になるには、それなりの腕が無いと難しいかもなー」
大成が話題を逸らすと、
「そっかあ……」
残念そうに要は呟いた。しかし、真の音楽を親が支援しているなら、自宅にピアノ一台は置いてあるはずだろう。
「要は家で練習すればいいじゃん」
音大に進学する真とは、別々の練習方法でも。それに要も音楽にやる気を出せば、親だって喜ぶんじゃないか?
「うーん……まぁ、真とは別々に暮らしてるから」
そんな言葉に驚いて、
「真って、もう海外留学でもしてるのか?」
思わず呼び捨てにしてしまった。でも、真も先日、このスタジオに来てたしな。
「いや、一人暮らししてるのは俺で。真は親と住んでます。まぁ、俺と真は別々の人生だし」
軽い調子で要は言う。それはそうとして、まだ高校生なのに、しっかり自立してるのか?
何か家庭の事情があるのかな。親と不仲で別居中とか。大成にはよく分からないことが多いが。しかし、それを根掘り葉掘り訊くのも大人気 ないか。
「ライブハウスの件はさ、詳しくは邦彦に訊きなよ」
また大成は話を逸らした。
「くにひこ?」
首を傾げる要に、
「高峯、高峯邦彦。俺の音楽仲間だよ。この前、要と初めて会った日の、ちょっと前にさ、真くんと俺を引き合わせた奴が邦彦だけど」
身振り手振りを交えて、大成は説明する。
「真の知り合いでも、俺は会った事無いや」
そういや、邦彦も要の存在を知らなかったっけ。
「じゃあ、俺から邦彦に頼んでみるよ」
大成の言葉に、要はにっこりと微笑んだ。
「よろしくお願いします」
そして、その流れから、要はスタジオでピアノの練習を始め、大成はそれを聴くことにした。
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