5 / 12

第5話

 スタジオ内には、黙々とピアノを奏でる要と、それを横目で見ながら、なんとなく楽譜を整理している大成のふたりきりだ。 趣味の範囲でも、大成も音楽をやってる人間だ。心に響く演奏は分かる。「真の傍に居ただけ」なんて謙遜してたけど、やっぱり要も上手いよな。 「大成さん、よく分かりましたね」  ひとつの楽曲の演奏が終わり、ふと要が呟いた。 「なにが分かったって?」  質問で応えた大成に、要はひょいと顔を向ける。 「ぱっと見ただけで、俺と真の区別がついたから。ちょっとびっくりして。大成さん、俺たちと会ったばっかりなのに」  しっかりと大成の目を見つめながら要は答える。なんだ、そんな事か、と大成は思ったが。要は本気で驚いたのかな。 「見た目はすげー似ててもさ、要と真くんって、それぞれ違う雰囲気があるじゃん。俺も最初会ったときは、クローン人間か? とか驚いたけどさ。そのとき、ふたりをじっくり見比べたからかな、現在(いま)はよく見りゃ分かるよ」  ピアノの傍によって真面目な口調で応える、そんな大成の顔を、要はしげしげと見つめる。しかし、そんなにびっくりする事かな。 「なんだよ、そんなに珍しいのか? 俺は鑑定士じゃないぞ」  からかうように笑うと、 「だって、親からも間違われるんですよ」  苦笑しながら応える。   幼い頃から見ている親でも間違うのか。ふたりが揃ってうろちょろしてたら、余計にややこしいのかな。しかし、別々に暮らしてる、とか言ってたっけ。ややこしいから別居してるのか? だが、なんとなく親子関係についての疑問は口に出せなかった。 「要はさ、どうして俺がふたりの見分け付くって分かったんだ?」  大成は折り畳み椅子を広げると、ピアノ椅子の隣に置いて腰掛けた。鍵盤の上に乗った指が止まり、 「今日会ったとき、いきなり名前で呼ばれたから」  要は呟いた。なんだ、勘が当たったときか。大成も完璧に見分けがついてた訳ではないのだが。 「双子でもさ、全部が全部一緒じゃないだろ。他にも居ないの? ふたりの見分け付くひと」 「俺と真には『マコちゃんはマコちゃん! カナちゃんはカナちゃん!』ってツッコミ入れてくれて、新体操やってるような、可愛い幼馴染みは居ないんです」 「そんなのマンガの中にしか居ないだろ」  真剣な口調でふざけた答えを言う要の背中を、大成が笑いながら叩くと、要の表情も笑顔に変わった。 「ふたりの見分け付く珍しい人間が、俺ひとりならさ。要がピアノ弾きたくなったときは、スタジオでもライブハウスでも、俺と一緒に行こうよ」 その笑顔から、大成の口からは自然と誘いの言葉が出てきた。 「それは嬉しい。ありがとうございます」  要は笑いながら素直に礼を言うと、姿勢を正して楽譜をめくり、鍵盤上の指を動かし始めた。 流れる音色を心に聴きながら、大成は何をする事もなく、ぼんやりと隣に座る。 (やっぱり、この演奏、聞いた覚えがあるよな)  だんだんと分かってきた。

ともだちにシェアしよう!