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第6話

地区の文化会館で、大成はどこかそわそわしていた。 (落ち着かないなー、兄貴からスーツ借りてくりゃ良かったかな) 周囲の人々は着飾った少年少女や中年女性が多く、カジュアルな服装の青年である大成はどこか奇妙だ。まぁ、隣にいる要もラフな格好なのが唯一の救いだか。  今日この場所で行われるのは、真の通っていたピアノ教室の発表会だという。そんな場所に何故大成が居るのかというと……要に誘われたから。 ピアノ練習をした日に、大成は要とスマートフォンのアドレスを交換した。久しぶりに出来た、気の合う音楽仲間だから嬉しくて。それからLINEでちょくちょく喋っているときに、 「大成さん、また真のピアノ聴きたくないですか? 今度、演奏会やるんです。一緒に行きましょうよ」 「おー、ありがとう。行くよ行くよ」  こんな会話のノリで来てしまったのだが。演奏会と聞いたらライブのイメージだったが、ピアノ発表会なんて、大成にとってはやはりどこか別世界だ。 「あっ、真くんだ!」  いきなりこっちへ駆け寄ってきた幼い子供を、慌てて母親が止めた。 「あのひとは、真くんの弟さん」  子供を軽く叱り、要にお辞儀をすると、不思議そうな顔をする子供を引っ張って母親は去っていった。   「真くんと要って、ちゃんと判別されてるじゃん」 子供の勘か? だが、母親もちゃんと「弟さん」と言っていたよな。 「あのひとたちは、腕時計で区別してるんですよ」 「腕時計?」 「真は高級的なのしてるけど、俺は安っぽいの付けてるから」  左腕の時計を指差しながら要は語る。確かに安売りしてそうなものだった。 しかし、要と真の区別がそこまでややこしいなら、髪型とか変えりゃあいいのに。  大成にも兄がひとり居るが。年齢が離れているし、雰囲気からして違うので、似ている兄弟の気持ちは分からない。 「小さい子が多いなー。真くんは馴染みだから出るの?」 きょろきょろと周りを見渡しながら、大成は要に問い掛ける。 「いいえ、母さんが人前での演奏に慣らそうとしてるんです」  だったら、ライブハウスでも演奏させりゃあいいのに。まぁ、それとこれとは別物なのだろう。 「あら、要くん? お久しぶり!」  甲高い声に振り向くと、小柄だが派手な髪形や服装をした女性がひとり。年齢は50代位だろうか。 「大きくなったわね~、って真くんと双子だから当たり前よね。ここに来てくれたってことは、貴方もピアノ続けてるの? それなら貴方も演奏してくれれば嬉しいのに~。真くんも音大に進学したら、私の所にはなかなか来てくれなくなっちゃうだろうし。本当に寂しいわ。でも応援しなきゃね、恩師として」  大成をまるで無視して、オクターブ高い声で会話を進める。 「……教室の先生です」  要は適当に相槌(あいづち)を打っていたが、そう大成に(ささや)くと、また女性と向き合った。延々と続く女性の喋り声に、大成はそそくさとその場から離れた。  真の様子を見に行こうか、とも大成は思ったが、控え室の場所も分からない。手持ち無沙汰でうろうろしていると、 「大成? なにしてるんだよ?」  知っている声に呼びかけられた。 「よう、邦彦! よかった〜、知ってる奴に会えて! なんか緊張してたんだぞ! なんか居場所が無いっつーかさ? 演奏会、っていうのに、高校の頃やってたライブとも全然違うし!」 「声がでかいぞ……お前もこれから演奏会の鑑賞するなら、そのうるさい声を抑えろ」  邦彦は険しい表情で注意しながら大成の頭を軽く叩く。 「ってか、お前ひとりなのか?」  周囲を見渡しながら邦彦は尋ねる。 「要に誘われたんだよ。邦彦は真くんに挨拶してたのか?」  なるべく抑えた声で、大成は応えた。 「あぁ。でも、母親も一緒だったから、そんな長くは喋らなかったけどな」 「邦彦ってさ、要の親からなんか言われたのかよ」  ふと、要と交わした会話を思い出し、大成は尋ねた。 「親、って……真の親? 大成、お前、親と会って話したのか?」  また戸惑いを見せる邦彦に、 「違う違う。要から聞いたんだ。母親が厳しい、って」  両手を身体の前で振って、大成は邦彦を落ち着かせる。 「厳格は厳格だろうけど、ちゃんと将来を心配してくれてるんだろ」  その一言で、この話はもう終わり、という風に邦彦はそっぽを向いた。やはり身内の話題は禁句かな。自分自身の親子関係と比べてしまうだろうし。  しかし、そういうのを苦痛にしながらも、邦彦が真に関わる理由は何だろう? 大成とは違い、音楽仲間なら大学にも居る訳だし。  不思議に思っていたら、要が戻ってきた。邦彦は真と瓜二つの要の容姿にやはり驚いたが、大成から話を聞いていたからか、軽く挨拶をすると、打ち解けたようだった。 「そろそろ時間ですね」  そんな要の言葉から三人で会場に入り、そして演奏会が始まった。  

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