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第91話 若草との邂逅 -1-
―……モサ……モサモサ……モササ……
……何だ?このフワフワした温かいのは……。揉む度に柔らかい感触と少しチクチクした毛並みが俺の掌から伝わってくる。気持ち良い……。
―ぱしん!
「!??」
な、何だ? 頬を……叩かれた……???
≪……アサヒ、アサダ≫
「……ああ、おはよう……ポンコ………………何でここに?」
≪ダイジナヒニ、サムサデタイチョウヲクザサレタラ、コマルカラナ……≫
ユラユラと白と黒の縞々の尻尾を揺らしながら、ポンコは俺の腹の上に乗っていた。
俺は半分寝ぼけながらポンコを抱えながら起き、横に視線を落とした。
「……あ、れ……?」
≪……ツレナラ、モウオキテソコニイルゾ≫
俺の動作にポンコはシュトールの事だと直ぐに理解したのか、俺に扉の方を指して答えをくれた。見れば、タオルを持ったシュトールがこちらに向かってくる途中だった。多分、顔を洗ってきたのかもしれない。そしてシュトールは俺の前に来ると、「おはよう」と一言挨拶をくれた。俺もそれに対して普通に同じ言葉でかえした。そしてお互い緩く笑い合っていると、俺の腕の中でポンコがもぞもぞと動き出した。そうだった。俺は彼を抱えて起きたんだった。その時、俺は有る事に気が付いた。それはさ、
「ああ、そうだ……ポンコ、彼の名はシュトールだ……。ポンコの事はもう話してるから……自己紹介、まだだったよな?」
「そうだな、まだだった。……宜しく、ポンコ。シュトールだ」
≪ヨロシク、シュトール≫
「"ヨロシク"って言ってる」
「ん。……撫でても……?」
≪カマワンゾ≫
「構わないってさ」
その返答にシュトールは俺の腕の中からポンコを抜きさると、そのまま抱えてベッドに座り、頭を撫で始めた。何となく、平和な光景である。
あー……何だろう、この緊張感の無い感じ……って俺だけかもしれないけど……。俺って色々麻痺してんのかな?
「………………」
俺は彼等の居る部屋から出て、廊下を出、何となく階段に座り前方の窓越しに外を眺めていた。
そうしているとクイクイと服の裾を引かれた。視線だけ動かして状況を確認すると、どうやら俺を呼びに来たらしい小柄なタヌキが居た。
俺の視線に気が付くと、引っ張っていた手を離して、お椀に箸、何かにかぶりつ動きを見せてきた。……察するに"ご飯"と言いたいのか……?
「……分かった、行こう」
≪!≫
俺はそこでこの呼びに来たタヌキの頭をグリグリと回転させる様に撫でた。ポンコの様に言葉は発しないが、一瞬驚いた表情を見せた後、彼は目を細めて俺の手のされるがままグリグリと頭を小さく回転させた。少し鼻をスンスンさせている。気に入ってくれたのかな? 俺も口の端が自然と上がる。
……こうして触ってみて分かったけど、凄く手触りが良い毛皮だ……。これは……好きな奴はそうとう入れ込んでしまいそうだ。
捕まっている仔タヌキ達もこうして考えてみると、"愛玩"より、"毛皮"の方な気がしてきた。
「……何だかなぁ……」
俺は何とも言えない不思議な気分になってきた。
やがて撫でるのを止めて頭から手を退けると、パチパチと数度瞬きをして呼びに来たタヌキは本来の仕事を遂行すべく、クルリと後ろを振り向きトコトコと歩き出した。……振り返りもしないで……。俺が着いてくると、思っているんだろうなぁ……。
そこで俺は座っていた場所から立ち上がり、前方のタヌキの意のままに彼の後をついて行く事にした。
キシキシギシギシと音を鳴らしながら俺の居た場所から少し歩き、俺はこの半壊した屋敷の食堂らしき所に案内された。
本当、たまにいちいち"人側"の様式を知っている。不思議だけど、感心して関心するね。
食事の用意された席まで俺をきちんと向わせて、一緒に来たタヌキはお辞儀をして帰っていった。
さて、それじゃぁ用意された食事を摂りますか。
俺はそう決めてややガタつく椅子に座り、机の上に展開されている料理へと手を伸ばした。
そう、"料理"……"調理"された食べ物がテーブルの上に並んでいるのである。昨日は木の実とか果実とか……そんなのだったのに、この違いは何だ? いや、それ以前にこういうのを作れるのか? ……ま、まぁ?魔物だって料理はするよな……とりあえずあのトロールも不味そうなシチューを作っていたしな? 魔物って案外色々出来るのかもなぁ……。
そして俺は目の前の"丸パン"を手にとって千切ってみた。
……何だ、このパン……すげぇ弾力……。これはもしかして、"天然酵母"とか、そう言う奴を使用しているのか? ふぉおお? 森の恵み??
そしてこのヨーグルトもすげぇ弾力だな。みょんと伸びるはペシペシとスプーンを弾く硬さってどうよ? 餅ですか? いえ、ヨーグルトです! ってか!?
……にしても、逆さにしても、落ちないんじゃねぇ? これも一種の酵母の仕業ってやつか! やべぇ、楽しい……。プリンとは違うプルプル感が堪らない……。
今出されている数種類のきのこも、火が通されてソテーされたものだ。味付けもされており、何やら香ばしい感じだ。
…………随分、こちらに合わせて来たのかな?
そんな事を考えながら先に来ていたシュトールを見やれば、何でもない風で食事を進めている。何とも静かな食事風景だ……別に賑やかなのが良いって訳でも無いが……。
「……アサヒ、食べ終わったら地形の確認とかをするぞ」
「おー、そうだな。軽くでも行動内容を決めておかないとな」
「そうだ。バラバラに動き過ぎては勝てるものも勝てなくなるかもしれん」
「ほいさー。あ、シュトール、そこの胡椒瓶っぽいの取ってくれ」
「うむ」
そんな感じでシュトールと軽く会話をしながら出された料理に手をつけていると、隣りにポンコが来て俺に話しかけ始めた。視線を向ければ、彼以外に数匹のタヌキが従事している。
≪ワレラゴニンガ、アサヒタチヲサポートヲスル。ノコリハ"ヤシキ"ニカエシタ≫
「ん? そうか……! 宜しくな!」
そっか。あまり大人数でもな……。
とにかく、あの子供達が捕まっている場所まで行くのに、正面衝突は避けられそうに無いんだよな。例えるなら瓢箪みたいな形で、二部構成をしているんだ。周りは切り立った高い崖に囲まれているから、正直……正面から……なのかなとか。魔法で障壁を作りながら……とか、時間掛かるかな?
でも、手前にゴブリン達の簡易な居住空間、奥に囚われの子供達という構成だから、突っ切るしかないんだ。奥まで着いて、子供達の手を掴むまでが勝負だな。軽くだけど、後の事も一応は考えているけどさ……。後退時がな、少しポイントかもしれないんだ。行きはよいよい……ってやつかもなぁ?
もぐもぐと口を動かしながら、頭も動かす。なかなか忙しないな……。
そして俺は手では先程シュトールに取ってもらった胡椒瓶のミルを回し、荒く削られた黒胡椒をキノコの上にたっぷりと掛けた。
さて、俺は今は既にあの廃墟の屋敷を出て、ゴブリン達の居る場所と森との境目に有る茂みにシュトール達と身を潜めている。
そう、今から俺達は決行しようとしているのだ……。
―……作戦内容は単純に『敵を蹴散らして仔タヌキ救出作戦』……、である! 何も迷いは無い!!
時間が無いから、作戦と呼べる物も攻略に有利な要素もすでに皆無だ。目の前の状況に落ち着いて対応していくしか無い……。
ポンコやシュトールとも多少は流れを話したが、作戦と呼べるものではない気がするし……。
そしてこれは"ゲーム"では無く、失敗はやり直せない。リアルタイムで変化していくマジもんだ。戦力差がいまいち分からないが、俺とシュトールで幾らか戦力差が埋まれば……いや、一番は超えられれば良いんだけど。プラスにならない攻めはいくらしても、プラスには成らないからな。
ざっと見た感じまだあの二人組みは現れておらず、やや緊張感に欠ける空気が場を占めている様だ。
まだ助け出すチャンスの内と捉えて構わないだろう。
「んじゃぁ、始めるぞ……!」
俺はそれだけ言うと、二剣ある内の片方を引き抜き意思表示をしてから、周りの仲間達と目配せで確認の頷きを行い、隠れていた茂みを後にした。
手にした剣を手に茂みを出た勢いで、俺はとりあえず目の前に居たゴブリンの首を刎ねた。
期待していた以上に切れ味が良いのか、難なく胴から横にスライドした頭は地面に落下後、ゴブリン仲間の足元に血で半円を描くように転がって行った。
「な、ナに奴!」
足元へ転がり停止した仲間の頭部を見て声も鋭く、俺達の姿を認めたゴブリン達から早速攻撃を受けた。ま、この流れは予想するまでもなく当然だな。
彼等は片手剣を手に、勇敢何だか直進で俺達に向ってくる。そうした彼等の後方に居た別なゴブリンが口笛で仲間を呼び始めた様だ。わらわらと"あっ"と言う間に様々な武器を携えたゴブリンが姿を現し、ギャーギャーと独特な奇声を発しながら最初の奴と同じく俺達に向ってきた。素早く相手の獲物を確認すると、どうやら飛び道具系統と、魔法を使えそうなタイプは居なく、全て直接打撃系統の様だ。
ま、数は居るけど、そんなダラダラ戦闘して居る訳にはいかないからさ? ここは……そう、どーん、と……
「どーん!」
「ぐぎゃ!!?」「ぎゃわわ!」「ぎゃッしゃ!!?」……etc
おーおー、良く飛んで行ったなぁ……。
俺は自分の放った魔法で一旦地べたに叩きつけてから、今度は竜巻に吹き飛ばされて行く数匹のゴブリンを悠長に手で太陽光を遮りながら見送った。
技に名前とか特に無いので、これが"何か"とは説明し辛いが、しょうがないだろう……。自分にネーミングセンスは皆無なのは分かっているからなー。
「い、今のは……? 圧力がかかった後に吹っ飛んでったぞ……」
「あ。何となく"どーん"とした魔法……と思っていたら、つい口から出ちまった」
「何かの複数の……合成魔法か?」
「あー、まーそんなとこ?さ、サクサク行こうか!」
「……合成……魔法は上級に含まれるのが多いのに……無茶苦茶な奴だな……」
俺はこの最後のシュトールの言葉は、距離や声量の関係も有るが一番は周りからの喧騒で良く聞こえなかった。
「ところでアサヒ、"サクサク"も良いが、これ以上あまり音を立てると厄介事が早まるかもしれんな?」
「は?」
「"音"の異変で大元が寄って来るかもしれんだろ。一種、"お知らせ"してる様なもんだ」
「ぅお?あー! シュトール、早く言ってくれよぉ!」
「……なるべく隠密行動だろ……。すでに交戦状態だが……」
「ぅっし! 分かった!」
ここは俺は魔法は少し控えて進もうと思う。慣れてないしさ? スキル補正も出来るとは思うが、とりあえず主力は剣撃で進んでいく事にした。
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