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第92話 若草との邂逅 -2-
―……そしてあれからジワジワと押す様に奥に進んでいるが、奥に行くほど"密"になってきたのだ。奥の方に屯って居たって事か?
「それにしても……何でこう湧いて出て来るんだよ!? 際限無さ過ぎだろ……無限地獄かよ!?」
≪ダカラ、イッタ……コイツラ"アタマオカシイ"ト……≫
時間が経つにつれて体力と精神が、数に圧倒されて削られていく……。俺は正直焦ってきていた。だって実践はあのトロール以来だ。身体は付いて行くんだけど、頭が付いていかないと言う、何ともアンバランスな状態だったりする。戦闘の見通しが全くつかないからだと思う。力配分の計算出来ない。
そして、現れるわれるわれるわれろれろれろ……白目。俺が遠目で見ていたのは実は"極"一部のゴブリンだったのかもしれない……のか。
そんな中、剣の切れ味が鈍くなるのを想定して俺は二剣の内の片方だけを使い、このゴブリン達に応戦しているのだが……実は少し、切れ味に不安を感じてきた。
魔法に関しては"音"の出なさそうなのをチマチマ混ぜてる。それに魔力だって一応、"量"の限りがあるし、こう入り乱れては使い辛い。
一気に力でねじ伏せる……つまり、広範囲の威力のある魔法のデカイ音は気が付かれるかも知れないから、先程から魔法はなるべく控えてる。
シュトールを見ると、最大に効果が有る派手目なのはわざと控えているしな……。
結界とか張っても、広範囲じゃないと、俺達まで見事に巻き添えくらいそうじゃないか? 第一、結界の使用法が違う気がしてくる。
そしてシュトールは少し離れた方向を仕留める事で数を減らす方法をとっている様だ。つまり、メインは俺とポンコ達になるんだが……。
このポンコ達、戦闘スタイルはどうやら"カポエラ"の様である。ようするに、踊るような体術で蹴散らしてるんだな。ま、たまに本当に尻尾から"針"みたいなのを放出してたりするんだが……。何と言うか……スピードは勝っているんだけど、パワーで押し負けている感じか? 実に惜しく感じる。
そしてポンコ達の"針"に対してゴブリンの装備しているラウンドシールドやらがこの針を弾くので、無駄撃ちになる可能性も高いのだ。シールドを個々でも使用したり、重ねて面積を広げたり……全く厄介な。
そういうゲームでもないこの現実世界において、お上品なターン制なわけないのに、妙な戦闘の"波"が出来上がっている。寄せては引き、引いては寄せる……。"はないちもんめ"を思い出してしまった……。でもさ、いつまでも同じ歩幅で仲良く遊んでいる訳には行かないんだよなー。
……まぁ、こんな状況分析ばかりしている訳にはいかない。敵はこいつ等だけじゃないんだからさ? 一番厄介だと思われる人物達が、ここに到着する前に何とかしないとな!
「……こいつ等……"巣"に繋がってるんじゃないか?出入り口を見つけて叩かないと、とか!?」
「地下道があるって事か、アサヒ」
「そうだな、単純に考えてな……もう、辺り一帯を単純に陥没させたい……」
「やるにしても、救出してからにしろな? アサヒ」
俺とシュトールがそんな会話をし始めた時、突然後方から俺達を掠める様に低空を風の衝撃がゴブリン達に走っていったんだ。
「……!?」
風は俺達を通り過ぎると、そのまま幾体かのゴブリンの足を斬り離し、バランスを崩したゴブリンが転倒した。その光景に、足が切れたゴブリンも、周りのゴブリンも更に"ギャーギャー"と奇声を発し興奮始めた。怒りと動揺が合わさった彼らの声で俺は、その"風"の出現に対する衝撃から戻ってきた。
俺は数秒遅れで後方を振り返り、この風の衝撃を放ってきた人物を確認した。だって、俺達だけじゃないのか? 他に誰が……?!
そして、その人物は幻ではなく、確かに魔法詠唱の余韻を残して立っていたんだ。その姿を見て、俺は驚いたね。だってさ、
―…………緑。……草色の髪の毛のこの人物は……
「グリンフィート!? 何でここに……!?」
「アサヒ……。……アサヒこそ、何でここに……?」
はぁ!? 何だかタイミング良過ぎだろ?
俺の驚きの声色の質問に、グリンフィートは近づきながら答えてきた。
「俺? ……俺達はギルドの依頼でここに屯しているゴブリンどもの討伐に来たんだよ。アサヒの応戦しているそいつ等は俺達の獲物でも有るんだ」
「!!?」
俺の更に驚く表情の変化に、グリンフィートはやや表情を曇らせて少し面倒臭そうな声色で今度は俺に質問をして来た。
「何だ? ……もしかして、アサヒもギルドで……? 処理ミス?」
「いや、違う。そうじゃない……俺もギルドの依頼を受けているけど、グリンフィートとは別物だし、知らない……受けてないから大丈夫だ」
誰かがこの屯しているゴブリンの討伐依頼をしたんだ。
……つまり、ニードルポンコ達の子供が手に入ったから、襲撃に使った用済みのゴブリンは消す、という流れ……なのか?
多分、ゴブリン達に支払う額より、ギルドに払う額の方が安いのかもしれない……それに、このゴブリン達を消す事で口止めにもなるし? でも、どの道ここのゴブリン達に明るい未来は無いようだ……不憫だ……。つまりさ、俺達に倒されるか、グリンフィートに倒されるかの違いなだけだからだ。
俺がそんな内容を頭で処理している内に、グリンフィートの興味の対象が別な方に移動した様だ。
「アサヒ、後ろのそいつ……?」
「………………」
あれ? 何だか二人の絡み合っているであろう視線……何だか険しい? グリンフィートもシュトールもどうしたんだ?
現勇者に魔界の第一王子は、姿は知らなくとも"何か"お互いに反するものに敏感に反応してでもいるのだろうか?
でもさ、もうこの世界では"仲良く"な二人の一族な訳だから、大事にはならないと……思うが……。
俺がそんな二人の微妙な空気に気を取られていたら、新たな二人の人物がグリンフィートを追ってきた様だ。
「グリンフィート! 標的の前で何、突っ立ってるんだよ!」
グリンフィートはその声にシュトールから視線を外して、今度は声の人物の方へ向けた。それに合わせてシュトールもやって来た人物達に視線を移動させた様だ。
「……ルカ、アステア、追いついたか。…………ブレストは?」
「ブレストは向こうで既に好きに暴れてるよ。グリンフィートと一緒だと、まず狩れないから腕が上がり辛いんだそうだ」
「あー……まぁ、そうか。ま、ブレストは強いからあの位の敵なら数的にも大丈夫だろ。後方は任せた、って感じか?」
「まぁそうだなー。後で合流するって言ってた!」
……誰だ?二人居るけど、片方は年齢的にはグリンフィートとそう変わらなさそうな……。赤っぽい髪質がフワフワと動きに合わせて揺らめいている。
あ。でも、白い髪の毛の人物は少し見覚えがあるぞ。グリンフィートと初めて会った日、ギルド内の軽食処に居たグリンフィートを呼びに来た人物だ。
「……ま、今は詳しく話している場合じゃないな。後で色々教えろよ、アサヒ!」
「え……、あ、ああ、分かった」
グリンフィートは俺にそう告げると、早々に状況に対する行動をゴブリン側に切り替えたようだ。今は眼前に居る数多のゴブリンを見ながら、小さく頷きを繰り返して何か考えを纏めている様だ。ま、こういう場数はグリンフィートの方が圧倒的に上だろうけどさ?
「目の前の数は"それなり"だけど、ゴブリン相手に"呼ぶ"までもないな。このまま済ます」
やがて短時間で結論を見出したグリンフィートは俺の横で剣を抜いた。"スラ……"とした独特の涼しげな音に釣られて俺は視線をグリンフィートから、彼の持っている剣に移行させた。
抜き身になった剣は刀身が透明で、その身の中で淡く光る何かが蠢いている。どう見ても、"普通"の剣の様相をしていない。
「ほら、俺が根本的な"オウチ"にかえしてやるよ」
淡く輝く抜き身の剣に、陰りの無い笑顔でグリンフィートは挨拶をする様にゴブリン達に話し掛けている。そして一歩一歩、確実に奴らとの距離を、剣を持ちつつも無防備と言える速度で詰めている。後方でグリンフィートの仲間の……ルカ、と呼ばれていた人物が「悪い癖が出た……」と呻いている。どういう事だ?
「誰から死にたい? 俺が手を引いて連れて行ってやる」
「ナにを言ってル……」
「どいつから引率されたい? ……それとも、一人じゃ"かえれない"のかな? ……ならまとめて来いよ……フヌケ共」
「……キッさまァー!」
グリンフィートの嘲る言葉に一瞬にして灰緑の肌に赤を浮き立たせ、1匹の怒気を孕んだ叫ぶ一声の後、残りのゴブリン達も凶悪な光で瞳を満たしてグリンフィートに飛びかかった。その数は5匹だ。
「そうそう、的は多い方が楽しいし、データも取り易い」
―……シュピッ! シュピュ!
グリンフィートは軽く、触れるような攻撃をまずは前衛として飛び掛ってきた2匹のゴブリンに繰り出した。
たったそれだけの動作だ。されたゴブリンは「?」という表情を浮かべて、何事も無かった様に"タシッ"と地面に着陸した。
しかし、その"着地"の衝撃が"合図"だったんだ。
「……ぎょぁ……!? ア"、あ"あ"アァあ"、ぁぁッ―――………………グボッ……」
「ぎゅぐぇえ、え"!!? ―――…………ぶはぁ……あ……」
「!?」
急に2匹のゴブリンが奇声を発したかと思うと、その場で焼け焦げた臭いを放出して絶命したんだ。
どうやら光と雷の合わさった物が、ゴブリンの体内で起こった様だ。口から火花と光を僅かに放出し、次の瞬間崩折れていく。地面に伏した後はビクリと身体を一跳ねさせ、モワリと体内から白煙を出して…………どうやら事切れる……。
……つまり……触れると、体内が焼き焦げていく?
"斬る"と同時に魔法を流し込んでいるのか……? それとも、グリンフィートの武器が特殊なのか……。勇者だからな。何か特別な力なのかもしれない。
「はい、2匹引率完了。さ、次は?」
余裕の笑みを作り、次を要求しているグリンフィートを見ながら、俺は先程の彼の仲間の言葉を思い出した。
「……"悪い癖"、って?」
「ああして、"新しい技を試している"んだ……。あのゴブリン達を微調整に使う気でいるんだよ」
「そうそう……ああなると長いんだ……。残された俺達は、大体のんびり草むしりだって出来そうなレベルだ……」
「俺にも幾体か分けて欲しい……」
何となくな流れで俺はグリンフィートの仲間達と自然と会話していた。
どうやら一騎当千レベルの現勇者様は力を持て余し気味で、新技開発が趣味らしい……。世の中は至って平和だ。
大体、俺もシュトールもすでに何もしていない状態に近い。ポンコ達はシュトールの後方固まってに控えて、様子を伺っているしな。
しかし、そんな状況でシュトールが俺の服の裾を引っ張ってきた。
「……アサヒ、早く子供達を……」
「……分かってる、シュトール……だけどこの場は……」
そう、幾ら俺達に目的があっても、仕事でたまたま共闘し始めたグリンフィート達に押し付けて先に進むわけには……。でも、説明をしている時間が……。
俺がそんな事を考えていると、数多のゴブリンを未だ余裕で相手しているグリンフィートから声が掛かって来た。
「……俺は自分の仕事をするから、アサヒも自分の目的の方に動いたらどうだ? ここは、俺の仕事場だ」
「………………」
そう言いつつ、どこかグリンフィートはイキイキしている……。どうやら勇者サマは研究熱心な様だ。だけど、この申し出は有り難い。
「……そうか……そうだな。グリンフィート……ありがとな! 今度メシでも行こうな!」
「変なフラグっぽい事言うなよなーアサヒ……。でも、ま、それも良いな。楽しみにしてる」
俺はグリンフィートと彼の仲間達から離れて、シュトールとポンコ達を引き連れて俺達の最大の目的である、仔タヌキ達の救出に向かった。
行く手を阻む奴はそれこそ切り捨てる。取りこぼしは悪いが、グリンフィート達に丸投げだ。
後方からは先程の空を斬る音と魔物の声が重なり合っている。
ゴブリン達の追撃が無いのを不思議に思い、軽く後方に視線を向けるとグリンフィートの仲間達が道を塞ぐ様に応戦してくれていた。
かなりの数を相手すると予測出来るのを、どこか楽しむ様に武器を振るっている姿は何となく、大した時間を共有した訳でもないのに流石グリンフィートの仲間だと感じてしまった。
そして俺はそこから視線を前方に向け直し、そちらへ集中させた。
「……一応、これは……中……ボス戦……なのかな?」
「…………そうかもな、アサヒ……」
瓢箪型の地形を繋ぐ丁度中間地点辺りの場所で、俺達は最終目的地まで一気に駆け抜ける事を阻止された。
それは何故かと言うと、目の前に現れてた他より体格と凶悪さを増したゴブリンが俺たちの前に立ち塞がって来たからだ。
ゴブリン達のリーダー格はコイツで間違い無いと思われる。数匹のゴブリンを従えて立ち塞がる姿は、なかなか堂に入ったものがある。
ただし、ボス戦でも、これは中ボス戦。
―……ラスボスは、あの二人組みだ。ただし、このラスボス戦はなるべくしたくない。
「これより奥ニ行かせるカ……」
お決まりの常套句は要らないが、このゴブリンのリーダーは"寡黙"そうだ。それ以上の言葉は口にせず、代わりに手の武器を掲げてきた。
俺はと言うと、正直、少々時間の無さに苛立ちを隠せなくなってきた。
「……多分、そろそろマジ時間ねぇんだけど……」
俺は今まで振るっていた剣を鞘に収め、新たな剣を引き抜いた。
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